「牧元さん、楽しい人生です」。
「こんなにたくさんの人に喜んでもらえて。17で上野駅に着いた時のことを思えば、夢のようです。これからやっていけるのだろうかと、身震いしたんです。ものすごく怖かった」。
「それがこの年になるまでやって来れて、皆さんに喜んでもらえる。楽しい人生です」。
そう、74歳になられるシェフは話された。
「この場所で始めた時も怖かったですか?」
長年やられ、様々なシェフから尊敬されているレジェンドとも称されるシェフだが、おそらく、ベテランになってもなお、料理することの怖さを心に刻んでいるのだろう。
「シェフとはかっこいいものではない。腕組なんかできない過酷さがある。そのことをわかってもらうために、この本を書いたのです」。
以前言われていたことを思い出した。
「若い頃は勢いでやれたこともあったけど、年取るにつれ、一ミリの妥協も許せなくなった。だからどれだけソースを流したらベストかと思うと、手が震えるんです」。
そんなことも言われていた。
その恐れがあるからこそ、これ以上手をかけない精妙さとはかなさが生まれ、絶対的な美しさを感じさせるのだろう
曖昧さや希薄さが流れている料理に、底知れぬ深みを与えているのだろう。