「すぎ田」のオムレツは神々しい。
手をつけるのをためらうほどに、神々しい。
バターと卵の香りによる甘いゆらめきが、皿から立ち上り、顔を包む。
目が細くなり、鼓動が早まり、心が緩む。
箸を入れる。
均一に半熟となった玉子が、恥ずかしそうに流れ出る。
てれん。
バターの豊かさが卵の甘みを抱きしめ、舌に乗る。
「はあ」。
その瞬間に、体の力は抜けていく。
なぜとんかつ屋にオムレツがあるのかというと、先代が洋食の料理人だったからである。
高名な店で洋食屋のシェフだった先代は、他にはないとんかつ屋を開こうと考えた。
そうしてとんかつ屋として名声を得たが、このオムレツも、かつては高級料理だった洋食の料理人としての矜持を包んだものである。
ほとんどの客はとんかつのみで、オムレツを頼むことはない。
だが二代目は、父の技と矜持を今も守り続けている。
浅草「すぎ田」にて