「前からやってみたかったんです」。
若い鮨職人は、そう言って嬉しそうな顔をした。
昔はすべての鮨屋が、おこのみだった。
好きな握りだけを食べてサッと帰る人、刺身で酒を飲んでから、数貫握ってもらう人など様々な客がいた。
いつからか鮨屋は、おまかせ、コースのみとなってしまった。
最終値段も、出てくる種ある程度わかるし、職人に身を任せてればいい。
店側もロスが出ないので、仕入れも読める。
僕は、３０代前半で、一人寿司デビューしたのだが、その頃は大変だった。
なにをどう頼んでいいかわからない。
いくらになるかもわからない。
トロやウニ、赤貝やアワビなど、高いとされるタネは選ばずに、注文するのだが、ドキドキである。
頼むタイミングもわからず、おろおろしながら、なかなか頼めないでいたこと思い出す。
先日、青山「鮨 あお」で、「一回だけ」の特別お好み会が開かれたのである。
最初にラインナップを説明し、銘々が好きなものを頼む。
隣は刺身からいった。
僕が頼んだのは、マコガレイの握り二貫。燗酒を頼んで小肌の刺身。「小肌を切ってください」と、頼んでね。スミイカとアオリイカの握りを各一貫ずつ。
刺身で、鯨、マカジキ、カツオとカツオの腹部分という赤身攻め。刺身でイワシと青柳。
握りでマカジキ、赤身、中トロ、赤貝ヒモだけの細巻き。
青柳としめ鯖の握り。
最後が、小肌とガリ、おぼろの細巻き。
ああ、幸せだった。
食べはどれもこの日のために吟味され尽くしたもので、極めて質が高い。
なかんずく至高は、中トロとマカジキ、アオリイカだったな。
おまかせで食べるより、遥かに幸福感が満ちていくのはなぜだろう。
自分の好きなものを好きなタイミングで、好きなだけ食べる。
幸せなのは当然だろう。