何度食べても鳥肌が立つ。
そんな干物は、ここにしかない。
「今日はどれくらい塩しようかね。どれくらい干したらいいかねと、カレイと相談するんです」と、80歳になられるお母ちゃんは言われた。
干しているのに、汁気が豊かで、ふわりと歯が包まれる。
干しているのに、活きていた時より甘みを膨らましている。
そして、干されているのに、命の気配がある。
だから噛んだ瞬間に、鳥肌が立つのである。
余分な水分だけを、太陽の力で抜いてやる。
何十年も作ってきたお母ちゃんは、その加減を知っている。
優しい目で見つめ、老練な手で触りながら、カレイのすべてを引き出していく。
お母ちゃんが、長年の経験で得た頃合いで、魚をおろし、頭を外し、丁寧に焼く。
噛めば、清廉な命の甘みだけが舌に落ちる。
食べた全員が押し黙った。
そう。
本当に美味しいものは、言葉が出ない。
これは干物ではない。
芸術である。
胴体の次は、頭が出される。
低温で揚げて、休ませては揚げるを繰り返した頭が出される。
まず、唇にキスして、かじりつく。
バリンッ。
皮と身と骨と唇が弾ける。
「ははは」。
その瞬間、全員が笑った。
この美味しさの前では、もはや笑うことしかできない。
尾に紐を通して吊り下げて干す。
太陽が、イテガレイに降り注ぎ、身を引き締める。
カレイのエキスは頭に流れ落ち、溜まっていく。
やがて頭は、アミノ酸の塊となる。
頭に、海の豊穣が凝縮している。
うまみだけが濃縮されて、舌と鼻を慌てさせる。
次に口に入れたまま、燗酒を少し流し込んでみた。
するとうまみがぐんと深くなり、女友達が突然色っぽくなったようなコーフンが襲ってきた。
こうして書いていても、味が舌の両端に蘇り、とめどもなく涎が出てくる。
禁断の干物である。
なつ吉にて