年間700回外食をしていますと言うと、必ず聞かれることがある。
「好きなものはなんですか?」である。
「なんでも好きなので、特にはありません」と答えるが、実は好きなものがある。それは「人」である。
様々な美味しいものを創造する人に出会いたい。その方の考えと生き方に触れたい。という強い気持ちが、僕を外食に走らせている。
三田「コートドール」の斉須シェフに、スペシャリテの「冷製季節野菜の煮込み コリアンダー風味」について聞いたことがある。
6千回は作られて、目を閉じても出来そうなのに、「うまく出来たときは、次もまたうまくできるだろうかと不安になって、すぐにもう一度作りたくなる」と、言われた。
あるいは「すきやばし次郎」の小野二郎さんには、こんなこと聞かされた。
「この間夢を見たんですよ。イカの切り方を変えれば、もっとうまくなるんじゃないかってね」。
90歳を過ぎてもまだ満足せず、より良い方法を探す。それは斉須シェフも同じである。
ある時は「ラ・ブランシュ」の田代シェフに、スペシャリテの「イワシとジャガイモのテリーヌ」について聞いてみた。
すると「夏の時期が一番苦しい。イワシがうまいからね。どの芋を合わせてバランスを取るか、毎年苦しむ。でもこの苦しみがあったからこそ、今までやってこれた」。
料理人以外にも感銘を受けたことがある。
芸者さんとして初めて旭日双光章を受けられた赤坂育子さんに尋ねた。「年間700回以上踊られていますが、その中で、今日はよく踊れたと思うのは、何回くらいありますか?」 即答だった。
「一度もありません。踊り終わった瞬間に稽古がしたくなります」。
常に最良を目指し、慢心しない。そうした人間だけが、孤高の極みに登れるのである。