最後になにを作ってお出しするのか。
相当悩まれたのではないかと思う。老舗のグランメゾンだけが持つ格と、今の彼を表現するもの。
永く愛されてきたトラディショナルな料理に、自らの信念を注入しよう。
そう考えられたのかもしれない。寒平目のクネルは、精妙な、しっとりとした火入れで、まだ命の芯を残しながら、舌の上ではらり、はらりと崩れゆく。
そこへヴァンブランソースが、ほほ笑むように抱きしめる。
酸がふくよかで色っぽい。
深いうま味やコクはありながらも、しなやかな酸味が包み込んで、毅然たる気品を漂わせている。
これぞフランス料理である。「はあ」。誰もがそのエスプリに打たれ、充足のため息をつく。
料理が与える充足とは、心の中から一切のわだかまりが消え、恵みへの感謝だけで満たされていく時間ではないだろうか。そう思った。
「仔猪のバロティーヌ ポワブラードソース」。
ああ、なんたることだろう。
仔猪の滋味とソースの深みが、一切の継ぎ目なく、なめらかに舌を過ぎ、のどに落ちていく。
凝縮し、洗練された猪とワインの精髄が、心を包み込む。
深淵が見えぬほど、うまみが深いのに、ソースが主張していない。
優しく、自然で、艶がある。
エッセンスを抽出することに心血を注いだ、高良シェフの誠実がにじみ出ていて、食べながら、心が震え、涙が出た。
優雅な空間で、我々を楽しませてくれるサービスも、そしてなにより彼の料理に、後二年間会えないのである。
お疲れ様でした。ありがとう。
2年後のレカン、今から予約させていただいてもいいですか。
最後になにを作ってお出しするのか
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