マヨネーズは、奥ゆかしく、上品で愛らしい。

寄稿記事 ,

マヨネーズは、奥ゆかしく、上品で愛らしい。と前回書いた。

しかし彼女(マヨネーズは、男性でもオカマでもなく、女性である。ちなみにフランス語では、女性名詞)の事を調べていくうちに、一面だけでは語れぬ謎が潜んでいるのを、感ぜずにはいられない。

柔和な表情の裏側に、野望を湛え、世界制覇を狙っているのではないか。実は、したたかな野心家ではないのか。といった疑惑が、次々と浮かんでくるのだ。

まず第一に、なぜ彼女は、こんなにも懐が深いのか。

ソース界の中で、誰とでも付き合うことが出来るのはマヨネーズだけなのだ。

成分である各種油や酢類はもちろんのこと、味噌に醤油、わさびに胡麻。カレー粉にケチャップ、唐辛子。七味に柚子、ナンプラーにスパイス、マスタード。抹茶に粉チーズ。

明太子、アンチョビ、ハーブ類。牛乳にトリュフ、にんにく、生姜。柚子胡椒にウスターソース、ポン酢に豆板醤。ナッツ類やココナッツミルク、チーズに出汁、タバスコ、蜂蜜、バター、果汁と、なんでもござれ。

おそらく、蝦醤やハムユイ、スィートチリソースや腐乳、グレービーソースにマンゴチャツネ、オイスターソースにガルム、ナムプリックやXO醤、ケチャップマニスにドロソース、パティスやサンバル、芝麻醤に甜面醤、かんずりにコーレーグースもいけそうだ。

この性質により、タルタルを始めとした派生ソースも豊富で、エスコフェにして、「母なるソース」と述べさせている。

 

あらゆる事物を許容して取り込み、新たな天体を作り出す。恐るべき所業である。人はこの所業をもって偉大だというが、いくらなんでも包容力がありすぎはしまいか。この開放精神と博愛主義が、どうも怪しい。

一方、西欧に生まれたソースの中で、これほど日本に浸透した例はない。

日本人は、年間一人当たり消費量一・八キログラム、チューブ六本分も、ちゅるちゅるしているのだ。

ご当地マヨネーズも盛んで、北海道の帆立入り、青森の雲丹入り、千葉の海草入り、愛知のカニ入り、静岡のわさび入り、福井の鶏卵の代わりに鯛を使った変り種、和歌山の梅入り、山口の黒ゴマ入り、岡山のチーズ入り、小豆島のオリーブ油使用、広島のお好み焼き専用、福岡の明太子入り、大分のカボス入り、沖縄のゴーヤ入りと、日本全国どっぷりとマヨネーズに浸かっているのである。

さらに消費大国であるアメリカと日本以外にも侵略している。

韓国ではサムジャン(味噌)と混ぜて、生野菜につけ、エジプトでは、スパイスに漬け込んだ鶏や子羊を焼き、マヨネーズと共にパンに挟むという。

ベルギーではフライドポテトにつけて食べるのが人気で、ブラジルでは焼きサツマイモにのせて食べる。スウェーデンでは、ケイパーを混ぜて、魚介類につけ、タイでは茹でたエビや魚につけるらしい。

どうです。ひっそりと静かに、世界制覇は進んでいるではありませんか。

 

出生にまつわる話も怪しい。

もっとも有力な説は、スペインのマヨルカ島伝説である。

十八世紀半ば、当時イギリス領だったこの島にフランスが攻撃をしかけ、その指揮をとっていたのが、ルイ十四世お気に入りでグルメでも知られるリシュリュー公爵であった。

篭城するイギリス軍に手を焼く戦火の中、彼は町場の料理屋に入って、なにかうまいものを食わせろと注文する。

主人は鶏を焼き、名産であるオリーブオイルとレモン、ワインビネガーを使い、卵と混ぜてソースとし、肉にとろりとかけた。

「うまいっ」。

一口で魅了された公爵は、作り方を学び、勝利凱旋して、パリで「マオンのソース」として紹介すると、「Mahonnaise(マオンネーズ)」と呼ばれ、後に「Mayonnaise(マヨネーズ)」となったというのである。

 

話が出来すぎである。マヨルカの青い空と海、きらめく太陽の光を想像しながら食べよといわれているようで、いっそうマヨネーズに愛着がわいちゃうではありませんか。

さらには、古フランス語で卵黄のこと示す、「モワイユ」から派生した説。

出生地がバイヨンヌ地方で、それがなまった説。

ナポレオン時代、マジェンタ公国のメイホン侯が、北イタリア戦線にて創作した説。

マイエンヌ公爵家が絡んでいるという説。

フランス語で攪拌するという意味の「マニエ」からきているという説。

南仏出身の料理人マニョン考案説。

マヨネーズを作る際、細心の注意を払い、かき混ぜることで疲れることから、フランス語で「気を遣う・マオネ」と、「疲れる・マニョネ」から発生したという説。

 

世にソースは数あれど、これだけ多くの出生説をもつソースはない。この多さは、真実を覆い隠すためなのでは、と疑いたくなる。

フリーメイソンやイルミナティ、薔薇十字団やシオン修道会といった秘密結社が、人々を中毒化させ、気が緩んだところで、世を転覆させんと考えたソースなのではないか(ダン・ブラウンの読みすぎですか)。

大阪大学山本隆教授の研究によれば、子供の頃からマヨネーズを食べさせたラットは、油好きになるという。マヨラーの誕生だ。

マヨネーズは、70%が油、15%の卵、10%の酢、後が塩やマスタードなどで構成されている。

しかし油の粒子が卵でコーティングされているため、油っぽさを感じさせず、さらに酸味が油っこさを緩和させている。

そのため大量摂取も出来る。

油を摂っていながら自覚がなく、反面油の快感を内臓で認識し、脳からβ―エンドルフィンが出るのである。

身体はこの嗜好を学習し、人によっては過剰摂取とあいなるのだという。

ほうらどうです、陰謀の匂いが立ちこめてきたでしょ。

 

まあ、たとえ陰謀だとしても、僕はそれにはまりたい。自制しながらはまりたい。

だからといって、「マヨネーズ大全」著者のカベルナリア吉田氏のように、あらゆる料理との相性を研究し、鰻丼、天丼、肉じゃが、もりそば、キムチ、杏仁豆腐との、意外な相性に喜びを覚え、コンソメスープ、山葵漬け、切り干し大根、高野豆腐の煮物との、相性の悪さに落胆する勇気はない。

せめて創作料理を考えて実行し、一人悦にいる。

だが一人で満足していても面白くないので、中より三つほど紹介する。

 

まずは前菜。春巻きの皮にマヨを薄くぬり、四等分に切って、オーブンでパリンと焼いて、五香粉、金ゴマ、粉チーズ、黒七味、味噌、紅生姜、刻み大葉をそれぞれに載せ、「七福人焼き」の完成とする。

後はビールの出番を待つばかりである。

次に野菜料理

せん切りにした新ジャガを三分蒸し、カレー粉と辛子、マヨネーズで和え、パセリとガラムマサラをふって、「ジャガイモのサブジ、マヨネーズ風味」。

これは、油と卵の形而上学が、新ジャガの理想と合体し、インドの中で矛盾しつつも弁証法的に絡み合う料理と思ってもらいたい。

続いて魚料理。

ゆで卵の微塵、ほぐした鮭缶、つぶした茹でジャガイモと刻んだ魚肉ソーセージ、それぞれに牛乳を少量とマヨネーズを入れ、元種を作る。

冷蔵庫で冷やし固め、丸く整形し、パン粉をつけて揚げる。

当然ながらタルタルは不要。

「三色コロッケ」と、命名してみた

こうして作ってみると面白く、使い勝手がよく、汎用が効きやすいので、展開のしがいがあり、暴走しがちである。

しかしマヨネーズ料理を生み出すときに、心に命じなければならぬことは、必然性と説得力である。

別にマヨネーズでなくてもいいんじゃないといわれないかと、いつも問いかけることが肝要であろう。

また、油が細かい粒子となって存在するので、炒飯制作時に混ぜれば、パラッとなるし、オムレツやハンバーグはふわりと仕上がるし、天ぷらはサクッと揚がる。

しかしそこには甘えたくない。

つたない技術で、なんとかプロの味に近づけたいと思うところが、面白いのである。

そのあたりも、マヨネーズが人間の力量をを試していることであり、秘められた陰謀の真意なのではないかと、思うのである。