金沢はおでんの町である。
人口比で、日本一おでん屋が多い街なのである。
理由は、寒い気候だけでない。
おでんの湯気にまみれながら、人情を交わすのが好きなのではないだろうか?
この店で女将さんと話している時、ふとそう思った。
「これ食べてみて。これもおいしいよ。どうおいしい? そう、良かった」。
女主人の渕上晴美さんは、よく喋り、よく笑う。
毎夜、そんな渕上さんに会いにくる地元客で賑わっている。
もう一軒、弟が初代から受け継いだ「三幸」があるが、料理も味もまったく違う。
この店は、渕上さんがお母さんと練り上げた味を出す。
まずは金沢特有の野菜を食べたい。
食感が滑らかな源助大根と巻き蒲鉾の赤まき、コリっとした食感の中から甘みが滲み出るバイ貝のおでんをもらう。
続いては「カニ面」といこう。
茹で香箱蟹の足肉を出し、甲羅に内子と外子を入れて足肉を並べ、おでんの汁で温めた、金沢おでんの傑作である。
「カニ面」も渕上流で、企業秘密のものなどを加えて丁寧に作り、完成する。
身肉や子もいいが、濃厚な蟹の出汁が出たおでんつゆが、深々とうまい。
このつゆだけで酒1合は飲めるな。
さらには、余った身や子を使って家で作っている時に思いついたという、「蟹の茶碗蒸し」が出された。
ううむ。玉子の甘みとカニ子の旨味が出会って実によろしい。
渕上さんはいう。
「一番嬉しいのは、お客さんが食べた時に、おいしいって嬉しそうな笑顔をされることです。その笑顔を見たくて頑張っています」。
いやぼくらの方こそ、またお母さんの笑顔を見に、金沢に来るからね。