風が頬を打つ頃になると、おでんが恋しくなって、もう居ても立ってもいられなくなる。
おでんは、やはりおでん屋で食べたい。
だからそれまで、おでんの匂いを嗅がないために、コンビニにも行かない。
おでん屋に行くと決めたら、開店と同時に入る。
特等席は鍋前だ。
目前で、気持ちよさそうに身を寄せ合うおでんダネを眺め、ゆっくりと過ごすのがいい。
おでんは、食べる銭湯だ。
タネとの気の置けない裸の触れ合いが、体と心を、のほほんと温めてくれる。
豆腐に味噌を塗って焼いた「田楽」が、江戸時代に現在の形となったおでんは、江戸発祥の料理である。
関西風なら、銀座の「四季のおでん」。
静岡風なら、浅草橋の「びんでじ」。
独自の塩味おでんなら、銀座の「やす幸」。
東京では、様々なおでんが楽しめる。
でも江戸発祥の由緒正しき味を食べたい。
そう思って出かけるのが、明治二十年創業の「呑喜」である。
時代が染みた店内では、赤銅丸鍋の中、タネがくつくつ煮えている。
つゆの色は黒く、甘目である。
しかし透き通った出汁のよそよそしさとは違い、心が和む温かみがある。
これこそが、気取りのない、昔っからの東京の味なのだ。