「すぎた」のわさびは、淡雪である。
口に入れると空気を含んだわさびが、ふわりと消える。
ムースのように滑らかで、香り高い。
目の前ですっているだけで、香気成分が漂って、顔を包む。
辛味も奥ゆかしい。
いきなり来ずに、口から消える頃にふっと立ち上がる。
そしてかすかな甘みが余韻となって残るのである。
「わさびするのは得意なんです」。
そう杉田さんは言われた。
見ていると、するリズムが緩やかである。
おそらく、する速度と押し当てる力も優しいのだろう。
わさびは次第に小さくなりながらも、すられていることに気がつかないように自然である。
細胞を壊しているのだが、乱暴に壊さないようにしているのだろう。
最初から最後まで一定の速度と力で、休むことなくすっていく。
あまりにおいしいので、わさびだけで涙巻を巻いてもらった。
食べれば涙巻きなのに涙が出ない。
酢飯や海苔の香りとわさびの香りが滑らかに舞う、優美な涙巻きである。
泣かない涙巻。
わさびの刺激ではなく香りという魅力を引き出した「すぎた」のわさびだからこそ生まれる傑作である。