ジビエと聞くと、人間は野生の獣としての荒々しさをイメージする。
確かにそれがなければ、自然界では生きぬけない。
しかし一方で獣たちは、極めて繊細な部分も持っている。
人の手に汚れていない、純真な魂を秘めている。
比留間シェフは、その微かな胎動を見つめ、逃さない。猪の薫製から始まった、猪と鹿肉の六皿の料理には、自然の猛々しさとともに、優美な生命の発露が宿っていた。
ニンニクと黒オリーブのジャムを添えた猪肉の「ポテ」は、イノシシの優しさを抽き出して、心を安らげる。
猪と鹿と内蔵のラグーを詰めた「ラビオリ」は、余分な味わいが一切無く、噛むほどにじっとりと清楚な色気が膨らんでくる。
「猪背肉のロティ」は、子供と大人の間にあるこの猪の、じれったいモラトリアムの味を醸していた。
澄み渡るような脂の清らかさの中に複雑な香りがある。
木ノ実、芋、草、微かな獣臭。
それらが、鼻腔にしがらみ、甘えてくる。
さらに猪と鹿の「パイ」は、舌の上で命の雄叫びをあげて、気が高まっていくが、同時に穏やかな気分も呼びこむ。
そうして、自然に生きるということは簡単ではないんだよと、人間に教えるのだ。
恵比寿「ルコック」にて。
貴重な機会をあたえてくれた、ハンターのローソンさんに感謝。
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