御徒町「ぽん多」は、上野とんかつ御三家の一つとして知られる老舗である。
しかしこの店には、とんかつ以外にも魅力的な料理がある。
それが魚介類のフライである。
ほのかに甘いキスが、花弁のように口の中でほぐれていく、雄大な「キスフライ」。
大星と呼ばれる大ぶりな青柳の貝柱から、海の滋養が溢れ出す、「柱フライ」。
海老の甘い香りが鼻に抜ける、幸福感に満ちた、「海老コロッケ」。
身厚のイカに、歯が食い込んだ途端、優しい甘みが流れる、「イカフライ」。
どうです。こう書いただけでも涎が出ちゃう。
フライ好きなら、矢も盾もたまらず、飛んでいきたくなる。
値段は高いが、吟味された最上級の魚介を、敬意を込めて揚げるのだから、圧倒される。
そしてその真打が、穴子である。
「穴子フライ」は、3675円。堂々たる江戸前穴子を、二匹揚げた、迫力の皿である。
長さ約22㎝。狐色の衣に包まれたそのお姿は、圧巻である。
出された瞬間、思わず息を飲む迫力である。
衣に歯を立てれば、ぷうんとラードの香ばしさが鼻腔を突き、サクッと噛めば、湯気が上がって、熱々の穴子が、ふんわりと舌に広がっていく。
甘い。
頭に近い身厚の部分は、柔らかく脂がのって、こっくりと甘い。
衣の狐色と穴子の白い肉の、コントラストがいい。
威勢のいい衣の食感と、穴子の溶けていくような食感との、メリハリがいい。
食べていて、官能的になる。
遠くを見つめて、幸せを噛みしめる。
まずはそのままで。次に塩。
塩をはらりとかけて食べれば、一段と甘みが増す。
忘れてならぬは、尻尾の部分。脂は少ないが味が濃く、獰猛な生命力の証である味が、舌にずんずん乗ってくる。
尻尾部分を残しておき、ご飯の上に乗せて、掻き込んでもいい。
余分な水分とクセが抜け、甘みが増した穴子と、ラードによるコクのある衣がおいしさを高めあう。
これぞフライの醍醐味である。
研究熱心な四代目のご主人が、素材を見極めて作り上げた味わいだが、そこには、創業来江戸前の魚介をフライにしてきた、知恵と矜持が詰まっている。