松葉蟹を食べることは、海の精を吞み下すことである。
その覚悟がなければ、蟹を食べてはいけない。
蟹の状態と火加減に全神経を傾けながら、出汁の中で数十秒横たえた蟹は、生でも、茹でられてもいない。
まだ肉が盛り上がってない頃合いを見極めて、出汁から引き上げられ、慎重に殻から肉を剥がされ、今僕の前にいる。
熱々の殻を手で持ち、口に運ぶ。
唇で優しく触れながら、前歯で甘噛みをし、口の中へとしごく。
舌の上に横たわった蟹を、目をつぶり、ゆっくりと噛みしだく。
精がぽとりと滴り落ちる。
ああ、なんという透度だろう。
白き肢体の中心部、殻の裏側までに深遠なる海の純水が満ちている。
人間が触れてはいけない、自然の清心がある。
それは光の表層をそぎ落とすほどの美しさを保ちながら、内に秘めたエロスの光源をむき出しにする。
舌がのたうつ。唇がコーフンする。鼻腔が悩殺され、味蕾が酔う。
そして僕は、時間をかけて気絶していく。
鳥取「かに吉」にて。