伝統があるが、革新がない

食べ歩き ,

流線型の身体に、銀色の飛沫

が流れ、輝いている。コハダは江戸前寿司の華である。

「久兵衛」でコハダが出されると、そのいなせな姿に惚れ惚れとする。口に運べば、深く酢が入ったコハダが、酢飯と調和する。色っぽいのに男らしい。これぞ江戸っ子の味である。

このコハダは、中盤で食べたい。例えば、大トロなど脂が強いタネの後に食べて脂を切り、再び食欲を煽る

もう一つの華は、マグロ赤身である。爽やかな鉄分の香りと滋味が酢飯に寄り添い、口の

中へ、粋な風が吹き抜ける。

最後の華は、穴子だろう。ふっくらと煮た穴子を、塩とツメで食べる。ムースのように甘く溶ける穴子に心が揺れる。

新しい握りでは、シラカワ(高級な白い甘鯛)の昆布締めもいい。ほのかな甘みと昆布の旨みが抱き合って、気品を漂わす。

「伝統があるが、革新がない」という言葉を、創業80年になる久兵衛の二代目店主今田洋輔さんは、心に命じているという。

穴子の焼き方も最近少し変えた。シラカワの握りも出すようになった。冬の最初の一皿には、すっぽんスープで喉を温めてもらう。

おそらく客目線で様々なことを考え、革新されているのだろう。そんな寿司屋こそ、必ず何代も続いて行く。