油料理界のキング、誰もが崇め奉る、とんかつの登場である。
とんかつなら、僕は断然ロースを選ぶ。
豚肉の魅力は脂にあって、その食感や脂に溶けた香りを、存分に味わいつくしたいからだ。
それもできれば、ガツンと行きたい。
分厚いロースを揚げたカツを、ほおばりたい。
都内には、厚いロース肉を揚げる有名とんかつ屋が数多くあるが、出向いたのは、荻窪の商店街の「たつみ亭」だ。
町のとんかつ屋さんという風情の店に入れば、切り盛るのは男性が二人。親父さんが揚げ、息子さんが配膳する。
息子さんは、「日々とんかつ食ってます」という、立派な体格で、やはりとんかつ屋で働く人は、こうでなくちゃと思う。
さて、目指すは「上かつ定食」二千八百円。
頼めば、「揚げるのに三十分ほどかかりますが、よろしいでしょうか」と、聞いてくる。
そんなこたあ合点承知。「お願いします」と答え、待つ間に、ポテトサラダとビールを頼んでやる。
そば前ならぬ、かつ前。
またポテサラの味がよく、これを肴に飲んで待つなんざ、うれしいねえ。
「お待たせしました」。現れた。おおっ。堂々たる体躯である。
厚さ4・5㎝。重量は明らかな横綱級だ。
中央、左から三切れ目の断面を鑑賞する。
にじみ出た肉汁が輝いている。そしてなにより、どの断片も衣が肉に密着して、隙間がない。
余分な水分少なく、保水性も高い肉であることと、技術の高さがうかがえる証左だ。
増々嬉しくなって、一切れを口に運ぶ。なにもつけない。
歯は、カリリと音を立てながら衣を破り、肉にめり込んでいく。
途端に豚の甘い香りが広がって、鼻に抜けていく。優しい、甘みある豚のジュースがあふれ出て、舌に広がり、喉元に落ちていく。
ああ幸せだ。肉は柔らか過ぎず、肉の繊維を断ち切る喜びに満ちている。
たっぷりとついた脂は、融点が低いのだろう。甘い香りだけを残して、するりと溶け、後口のキレがいい。
衣もいい。最近は、衣が威張っているかつが多いが、この店は細かく、サクッではなくカリッと音を立てる。それが豚肉の食感と対比して、より肉が活きるのだ。
すべてに、うまい豚肉を食べさそうという心根がある。だからソースを入れた小皿が添えられるが、なにも、塩もかけずに食べてしまう。
それでも十分ご飯を食べさせる力を持っている。
またご飯も豚汁も千切りキャベツもお新香も上等なので、無我夢中度は高まり、難なく食べ終えてしまうのだ。
満腹になったお腹をさすりながら親父さんに、肉の重さはと聞いてみた。
「三百gです」。平然と答えられた。
確かに僕は大食漢だが、こんなに軽々と食べられる三百gの肉は、ほかに知らない。