「積まない」。「はみ出さない」。「薄すぎない」。
以上が「おいしい天丼における三無の原則」である。
最初からいったいなんのこっちゃという感じだが、これは、僕の考える天丼の理想形なのである。
「積まない」とは、天ぷらをご飯の上にやたら積み上げないという意味で、一見豪華ながら、天ぷらをどけてご飯をほじり出さねばならず、「ご飯と共に掻き込む」という丼精神にはずれてよろしくないということ。
「はみ出さない」とは、丼から穴子やエビがやたらはみ出しているのは、収まりが悪く、粋でははないということ。
最後に「薄すぎない」とは、こっくりと濃い天丼用のつゆを、下町風にたっぷりかけて欲しいということである。
上品に気取った天丼もいいが、本来の江戸風天丼とは、下手味と粋が共存した庶民の食べ物なのである。
歴史が浅いながら、江戸風天丼の文化を正統に受け継いでいるのが、畑中である。
白衣に蝶ネクタイをしめたご主人が、鍋に全神経を集中して、イカ、穴子(半匹)、二本を連ねてつまみ揚げにした才巻エビ、旬の野菜類を揚げ、片面だけに天つゆをつけて、つゆをつけた面を上にしてご飯にのせる。
こうしてさっくりと揚がった衣とつゆを吸った衣の両面が味わえる天ぷらは、それぞれの素材のうまみがしっかりと抽き出されて、ご飯を猛然と掻き込ませる力は十分。
そのご飯もおいしく、天つゆをしっかりと受け止めている。
また、芝エビの小ぶりなかき揚げを加えた特製天丼もおすすめである。
そば屋の天丼では、まつやのかき揚げ天丼が群を抜いている。
この店には重で出される天丼と上天丼(いずれも車えびの天ぷら)があるが、あえてこの天丼をおすすめするのは、器が丼であるという点と、収まりのよさ、ほどのよいうまさ、価格の魅力である。
衣に染みた辛めのつゆが、つまみ揚げにしたエビの甘みを引き立て、火の通しがよいイカのかき揚げは、柔らかく甘い。食べ進むにつれ、しみじみとしたうまさが沸き上がる、これぞ庶民派天丼の見本である。
最後に風変りな天丼もご紹介しよう。
魚新の天ばら丼だ。
小柱、芝エビ、イカ、三つ葉のかき揚げを、そのまま金胡麻をふったご飯に乗せた天丼だ。
出されたらすかさず中国産の塩を振り、かき揚げを崩し、ご飯とかき交ぜて食べるべし。精妙に火が通された半生状態の魚介類のうまみ、素材のうまみを引き立てる塩分、衣の香り、熱々ご飯のおいしさ。
この四者が見事に調和し、頬を緩ませながら一気呵成に掻き込んでしまう、新手の天丼である。