〜「何も食べないわ」〜
2014年サンパウのカルメシェフをインタビューさせていただいた。
女性料理人や女将の半生を描く「食楽」の連載である。
必ず最後に二つのことを聞くことにしていた。
一つは、「女らしさとはあなたにとってなんですか?」
一つは、「明日地球が終わるとしたら、食べたいものはなんですか?」である。
二つ目の質問をカルメさんにたずねたところ、即答された。
「何も食べないわ」。
意外だった。
怪訝な顔をしていると彼女は言った。
「私にとって食べるということは、明日を生きること。未来を作ること。だから明日死んでしまうのなら、何も食べない」。
食事、料理に対する彼女の哲学が、そこには厳然としてあった。
もう一つの質問
「女らしさとはあなたにとってなんですか?」を聞いた時も、考えることなく即答された。
「一生懸命仕事をすることです」。
当時の原稿を載せます。お時間のある時にどうぞ。
どこか懐かしい感じがした。
スペイン人ではない自分が、なぜ懐かしさを覚えるのか?
その料理を生んだ、数少ないミシュランの三ツ星女性シェフの一人、カルメ・ルスカイェーダさんは、颯爽と厨房から現れた。足取りが軽く、微笑んで、目が子供のように輝いている。
彼女は、小さい頃から絵を描くことが好きで、アーティストになりたかったという。しかし彼女は、高校卒業後、両親の惣菜屋を手伝うこととなる。
店は、カタルーニャ地方、バルセロナの北方60キロの海岸にある、農漁村サン・ポル・ デ・マルにあった。海と山の幸に恵まれた、風光明媚な土地である。
お母さんはお祭りになると、、山や海の幸を入れた米料理や、ウサギや鶏、豚を焼いてくれたという。中でも好物は、エスクデージャというカタルーニャ料理だった。
一つの鍋に、鶏と豚、牛肉の出汁を合わせ、ジャガイモや豆、キャベツや季節の野菜にパスタを入れて煮込んだ料理で、毎日のように作ってくれたという。
こうして豊かな食材に育まれ、アーティストの素質も持った彼女は、徐々にその才能を芽生えさせ始める。
最初に考案したのは、ブッファラというソーセージだった。ブッファラには血入りのネグラと白いブランカがあるが、交互にして合体させ、チーズのかけらやピスタチオを入れた。
想像するだけで楽しく、美しいソーセージはすぐに評判となり、「おいしかった」という声で、料理への熱を高めていく。
トリュフと豚肉を詰めた鶏料理も、色合いが美しく、評判を呼んで、遠方からもお客さんが来るようになったという。
絵を描くように発想して、料理を作り、それが美味を生み出す。独自のやり方は、現在にまで繋がっている。今でも新しい料理を作り出す時は、まず絵を考え、それから食材や調理法を考えるのだという。
だが彼女の料理は、ただ美しいだけではない。色彩や放つ光に主張があって、それが知らず知らずのうちに、胸を打つ。
才に輝いていた彼女が、惣菜店主だけで終わることはなかった。結婚後、たまたま店前のホテルが売りに出て、それならとレストランを始めることとなった。
すべてが初めてのことばかり。現在30人いるスタッフも、当時は9人。海が目の前だから、惣菜店ではやっていなかった魚介料理も出さなくてはいけない。
相当な苦労があったのだと思う。でも「何をすればいいのか、まったくわからなかったけど、レストランをやりたいという強い気持ちがあったので、乗り越えられた」と、彼女は笑う。
惣菜店の常連がお客さんとなり、3年後にミシュランの星をとってからは、遠方からのお客さんも増えた。
彼女は現在62才で、お孫さんもいらっしゃる。情熱的な方で、こちらから尋ねなくても、次々に考案中の新しい料理の話が出てくる。常に明日を見ている人なのである。そんな彼女に、「女らしさとはなんですか」と聞いてみた。
「仕事を一所懸命にやることが女らしさに繋がるのではないでしょうか。私も、仕事に対する熱意が原動力になって 家庭も両立できました」と、語る。
一人の主婦から三ツ星シェフとなり、常に前進を続ける、彼女の言葉は重い。
「懐かしい? それはカタルーニャ料理からオリーブ油やワインをとったら、日本料理と近いからです」。
冒頭に感じた懐かしさの答えが、これだった。
スペインと日本、両国の食材を駆使して彼女は、懐かしい明日を作る。