博多の蕎麦屋にて、前号より続く。
「これ食べて」。
目の前に、いきなり太い棒が差し出された.
蕎麦ではなく、棒である。
半世紀ほど、蕎麦屋で食事をしてきたが、棒を食べろといわれたのは、初めてである.
棒の先には、そばがきがこびりついていた。
となりの客に作った、そばがきの棒である。
「棒のまま食べた方がおいしいよ」。
目を丸くしていると、店主が言葉をかぶせた。
太い棒にかじりつく。
ああ、蕎麦の野生が、香りとなって解き放たれる。
丸い甘みが溶けていく。
「これ、十割のそばがき。この粉をそばにしちやうと、おいしさが十分の一になる。蕎麦はなるべく加工しないほうが美味しいんだ」。
その言はわかる。
ならばなぜもりそばを出しているのだろう。
「昔はそばがきで酒飲んでからねえ」。
棒を持っていない片方の手に、盃があったらさぞ幸せだろうなあ。
そんな夢想をしながら僕は、ベロベロキャンディのように棒を舐め尽くして、綺麗にするのだった。
以下次号。