メンチカツほど五感に訴えかける肉料理はない。
とくに大ぶりのメンチカツは、見た目にも→視覚的にインパクトがあり、箸やナイフを入れた時のサクッという音と感触が食欲をそそる。湯気とともに立ち上る肉の香りと、衣の香ばしさに唾液が溢れ出し、口に運べば、豊潤な肉汁の旨みが広がっていく。
これらの要素を全て高いレベルで実現した〝最強のメンチカツ〟が、浅草・本所吾妻橋の人気居酒屋『わくい亭』の「メンチカツ」(600円)だ。威圧感さえ覚える大きさ、溢れる肉汁、質の良いパン粉と、肉の香り。数々の名店で揚げものを食べてきたが、自信を持って「横綱」に推したい。
3月下旬の週末、19時に予約を取り、この店の暖簾をくぐった。内装を見れば素朴な居酒屋だが、洋食店出身のシェフがいるため、「海老マカロニグラタン」(800円)もうまいと評判だ→など洋食メニューも実にうまい。メニューは日によって変わるものも多いが、食材の鮮度や和食の調理技術がものを言う「赤なまこ酢」(500円)や「締めサバ」(800円)など、何を頼んでも間違いがない。
一品料理をひとしきり堪能したあと、いよいよ「メンチカツ」を注文する。遅い時間であれば売り切れてしまうこともあるので、早めに頼むか、店員にこまめに確認を取った方がいい。この日は20時になっても、まだ残っていた。酔いも程よく回り、腹も5~6分目。それでも、この店のメンチカツの味を思い出せば腹が鳴る。
10分ほどで席に届いたメンチカツは、横幅20センチはあろうかという大きさの楕円形で、いつものように美しいキツネ色だ。トンカツやビーフカツと違い、切り分けられていないので、肉の旨みが閉じ込められた宝箱を開けるような喜びがある。
メンチカツは、トンカツのようにザクザクと縦に切ってしまっては、肉がボロボロと崩れたり、肉汁が全て皿に流れてしまったりするため、食べ方にもポイントがある。
丸く小さいメンチカツならば、十字に切って4等分にすると、中身が崩れず、衣と肉のバランスも均等になる。この店のメンチカツはあまりにも大きいので、縦に大きく3等分したものを、次は横に切り、6ピースに分けよう。こうすれば、輪切りにしなくても食べやすいサイズになる。
断面を眺めてみれば、肉汁が艶やかだ。まずはソースをかけずに食べよう。凝縮された牛肉の香りと旨み、玉ねぎのほんのりとした甘みが口に広がる。粗く叩いた細切れ肉が入っているのが特徴的で、噛み応えも十分。それでいて、全くしつこさを感じない。メンチカツはコロッケと違い、中身の具にも→多くの脂が含まれる。そのため、揚げ時間と油温を調整し、脂を適度に抜きながら、かつ→トルツメ ジューシーかつ油切れよく 仕上げ→揚げなければならない。この店はその加減が抜群なのだ。
黙々と食べ進め、熱々のままで完食。適度な塩気だけで十分に味わい深く、この日は最後までソースを使わなかった。もっとも、ソースをたっぷりとかけた少々品のない→トルツメ食べ方もアリなので、その日の気分に合わせて楽しみたい。ビールにも日本酒にも合い、食べ飽きない逸品である。
メンチカツと言えば牛肉、あるいは牛と豚の合挽肉だが、それ以外の肉を使う名店もご紹介しよう。
まずは、銀座のワインバー「クロ・ド・ミャン」が出す「子羊のメンチカツ」(2800円)。ソフトボールのように丸々と、そして大きなメンチカツは、ラム特有の甘い香りと、滋味を満々とたたえている。最近は出していない「鴨肉のメンチカツ」も、同様に素晴らしかった。肉の扱いが非常にうまい店である。
また、下北沢駅近くのダイニングバー『sunaga』が出す、「豚足・豚耳・豚ほほ肉のメンチカツ バルサミコソース」(1050円)は、牛肉に比べてサッパリ→味が軽やかで としていて→トルツメ、シコシコ、コリコリとした様々な食感が響いて面白い→痛快。豚肉の旨みを閉じ込めた逸品で、コラーゲンもたっぷりだ。
他方で、〝肉屋のメンチカツ〟の最高峰が、『人形町今半』直営の『あったか惣菜』が店頭で売っている「メンチカツ」(231円)。高級肉料理屋の直営ならではの上質な国産牛を使った挽肉が、上品な甘みを醸し出す。冷めても美味しいが、「揚げ立て」をお願いすると、きちんとその場で揚げてくれることも押さえておきたい。
メンチカツは外れが少ない料理で、商店街の肉屋で食べても、それなりにうまい。しかしその醍醐味は、熱々の衣を突き破る快感にある。五感を刺激する、揚げ立てのメンチカツを楽しみたい。