ビビンバの教え

食べ歩き ,

「だめだめ!もっと混ぜなきゃ」。

僕が初めてビビンバの食べ方を教わったのは、西新宿でカウンターだけ小さき店を切り盛るオンマ(お母さん)だった。出されたおしゃべりをやめ、精神を集中し、ご飯の白い部分を残さないように、徹頭徹尾、完膚無きまでぐちゃぐちゃに混ぜるべし。それがビビンバのおいしい食べ方さと厳しく指導されたのであった。

さらには「だめよこねるように混ぜちゃ!」とも怒られた。混ぜこねるのは厳禁で、空気を入れるようにさっくりと、箸ではなくスッカラ(韓国スプーン)を使って混ぜるべしということも教わった。こうして混ぜることによって、第三の味が生まれるのだ。

「ビビダ(混ぜる)」という動詞と「パプ(ご飯)」が合わさったビビンバ(正式にはビビムパプ)は、よくよく混ぜることによって真価を発揮する料理なのである。

「ナムルがおいしくなきゃ、ビビンバはおいしくないのよ」と教えてくれたのは山村のオンマだった。作り置きせず、その日に作ったナムルで作るのはもちろん、韓国料理で一番大事な”手の味”が生きたナムルでなければならない。すなわち、熟練した職人が絶妙な手加減で野菜から水分を抜き、指先で味を染み込ませたナムルでなくてはいけないのだという。山村のビビンバに入る太くみずみずしいニンジンや大根、香りが生きた青菜など、十二分に混ぜ込んでも味わいが生き、全体の力強さを後押ししている。甘すぎず旨味を感じさせる味噌の風味もよく、ナムル、海苔香、目玉焼きやご飯の甘みを渾然一体とつなぐのである。

シモンもまたビビンバにおけるナムルの大切さを気づかせてくれる店である。醤油などの風味が染み込んだシャキシャキと弾むニンジンやもやし、香りが生きたほうれん草、といったナムルたちがご飯となじみ、スッカラ持つ手を加速させていくのである。それに加え、ヒリリと辛さの効いた味噌味も後を引かせる原因だ。

そんな味噌の重要さを教えてくれる店が古家庵である。古家庵のビビンバに用ヤンニョムジャンを一口なめてみると、数々の旨味が複雑に混じりあった、味の奥行が広がって思わず笑みがこぼれる。その風味がご飯一粒一粒に染み込むように念じながら、よぉく混ぜ合わせて食べてみると、あら不思議、日本人なのに母親の慈愛を感じるやさしい味となるのだ。たとえ食文化が異なろうとも、丁寧に作られた料理には、毎日食べてもあきない力強さと温かさが宿る。そんなことを教えてくれるビビンバでもある。