広島の西区では天ぷらといえば、

食べ歩き ,

駅から離れた住宅街に、店が一軒。
「天ぷら 御食事処 天ぷら 御食事処 くりはら」 二回の繰り返しが気になるけど、この外観を見た限りでは、誰もこの店がホルモンを出すとは思わない。
そう。一部の広島県人以外は。
この店だけではない。界隈には同じ看板を出す店が何軒か点在している。
店内は、土間に左手がカウンター席、右手がテーブル席となっていた。
カウンターの中では、おばちゃんが三人働いている。
ビールは勝手に自分で取って、あける。そうここまでは予習通り。
カウンターに座ると、目の前にはまな板と小包丁。
僕の目前だけでなく、等間隔にまな板と包丁は置かれている。
メニューは、天ぷら100円、おでん120円、田楽うどん450円といたって普通である。左端の「せん牛750円」という高値だけがなんだかわからないが、後は普通である。
「おでんに天ぷら」。と頼む。
まな板と包丁以外は、どの街にでもある光景である。
するとおばちゃん、大根やこんにゃくもあるのに、牛すじだけを二本とりだして皿に置き、差し出した。「おでん」といえば、牛すじのことで、他は大根とか卵とか言わなくてはいけないらしい。
しかもこいつ、牛すじだけではない、大腸も混入しているではないか。
食感の違いがあって、おいしい。
やがて左のおばちゃんが冷蔵庫から何やらとりだして衣をつけ、揚げ始めた。
ん? 黒いのやら白いのやら、長いのやら短いのやら。はたしてあの物体は?

「天ぷら」。広島の西区では天ぷらといえば、ホルモンの天ぷらなのです。といっても隠れ名物であって、決して市外の人には言おうとはしません。
こっそり楽しんでいるらしい。
「おばちゃん、ちぎもある? それに白肉、都合で5つ揚げといて。後これから病院に行くから、チギモ3つお土産で」。
なんて会話がなされております。「はい、天ぷら」と、まな板の上にどさっと置かれるので、それを自ら包丁で食べやすく切る。
ベテランは左手に箸を持って抑え、右手の包丁で鮮やかに切る。まな板で銘々が切るという儀式! が真昼間から堂々と行われています。
なんという事でしょう。ここで喧嘩が起きたら大変であります。
揚げられるのは、脾臓(チギモ)にミノ(白肉)、小腸にセンマイ(ヤンのような厚さだった)。
切った天ぷらは酢醤油ダレを小皿に入れ、韓国唐辛子の粉をたっぷり入れて、それにつけて食べるのであります。
サクッと衣に入れば、クニュッ、コリッ、ふわっと、様々な食感が歯を喜ばす。
ビールとやれば、止まりません。
しかしこれを、しかも血臭いチギモ天ぷらを病院見舞いに持っていくとは、なんという素晴らしい文化なのか。
そして〆は、「でんがくうどん」。
といってもおでんではありませんよ。
ホルモンでとった優しい出汁に、茹でた各種ホルモンがのる。
飲むたびに穏やかな甘みが押し寄せてため息が出る。
ああ、もうやめて。
この店のためにもう一度広島に来てやる! 僕は一人叫ぶのでありました。

 

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