拝啓レバ刺し様。
あんなに愛し合った仲なのに、最近はお会いできずに寂しい思いをしています。
昨日のことのように、あなたの色艶と甘い香りを思い出しますが、もう6年以上お会いしていないのですね。
6年前はこんな妄想記事を、某雑誌に寄稿しました。
あなたへのラブレターです。
後一時間で、2020年を迎える。
レバ刺し騒動から、もう五年半も経ったのか。
政府は、確実な大腸菌除去方法が見つかれば解禁すると約束したが、どうもやる気が見えてこない。
赤外線照射や、マイクロ波加熱などを研究したというが、本当だろうか。
当時、決定を下した責任者は、レバ刺しを食べたことがないか、レバ刺しに恨みがある奴に違いない。
このままでは無理だろう。スタミナ苑の常連だったという,故小渕首相のような大人物が排出されない限りは。
レバ刺し禁止が施行される、最後の一ヶ月間は、すさまじかったなあ。
多くの人間が、最後のレバ刺しを求めて奔走した。
日本一のレバーをうたう「金舌」は、瞬く間に予約が埋まった。
最後のレバ刺しを食べる姿が次々とネットに上がり、AKBのメンバーも、食べる姿をアップした。
レバ刺しに感謝を捧げる「レバ刺しコム」がオープンし、レゴでレバ刺しを再現した画像が、人気を呼ぶ。
レバ刺しコンニャクは、売れ行きが40倍となり、レバ刺し風コンニャク作りセット「作ってみレバ」発売され、「明洞房」では、ムクでレバ刺しを開発した。
ユッケ禁止時には起きなかったこの「祭り感」は、どこから来たのだろうか。
ユッケ以上に人の血を掻き立てる禁断が、行動を過熱化させたのだろうか。
目をつぶればまぶたの裏には、名店のレバ刺しが次々と浮かんでくる。
最初に浮かんだのは、東新宿「東京(トンキン)」である。世界最強と呼んだレバ刺しは、五百円で、分厚く量が多く、コリッと噛めば、ねっとり甘い。
ああ、「スタミナ苑」も見えてきた。ご主人が、皿に盛ったレバ刺しを一切れをつまみ、
「ほらこうしてはがすと、隣のレバーがくっつくだろ。これが、脂がのっている証拠。四十頭に一頭しかいなんだから」。
押上「まるい」の、親と仔牛のレバ刺し盛りも浮かんできた。
親に比べ、仔牛の優しい味が、なんともいたいけだったなあ。
京都「なり田や」も見えてきたぞ。細長く美しいのに、肉食い心を焚きつけてきたなあ。
京都といえば「安参」の、甘醤油とレバーの甘みが共鳴し合うレバ刺しも、もう食べられないのか。
おや次は、和光市の「伊藤ちゃん」。
輝きにため息ついて、雑味のない甘みに、うっとりしたっけ。
ここで鮮明に浮かんできたのは、人生史上最も多くレバ刺しを食べた、渋谷の「ゆうじ」である。
ボルドーワインの深紅を、さらに深めた緋色が、艶やかに光る。
長方形に切られたレバ刺しは、鮮度の高さを誇るように、角がピンと立って、さあ食べろと迫ってくる。
箸でつまみ、なにもつけずに舌の上にのせる。
顎に力を入れる。
「プチンッ」。
レバーが弾け、舌にしなだれかかると、清冽な血の香りが鼻に抜けていく。
鉄分の渋みと脂の甘みがゆるゆると広がって、目を閉じる。
「ふふふ」。もう笑うことしかできない。
レバーが生きていた。
どうだとばかり、生きている血潮を湧き上がらせ、我々の胸に、命の喜びを突きつけた。
この辺りが政府の癪に障ったのかもしれない。
庶民は、コーフンせずにもっと大人しくしていなさいと。
しかし庶民はしたたかである。
会員制秘密レバー刺倶楽部が摘発されると、巧妙な裏組織が暗躍し始めた。
一方で「韓国レバ刺しツアー」が企画され、「自宅レバ刺しセット」が、秘密裏に売られている。
政府の対応も早かった。
すぐさま、「レバ刺しGメン」なる組織を発足して対抗したのである。
だが最近では、この通称「レバG」による裏組織との癒着、不正経費が問題となっている。
我々は忘れない。
あのエロティックな食感と血潮の香り、人間の内なる野性を扇動する味わいを。
なぜなら我々は、体に血と知性をみなぎらながら生き続ける、動物なのだから。