夜のしじまに包まれた

日記 ,

夜のしじまに包まれた神社に、海がそっと忍び寄る。
灯りに照らされた水面の揺らめきが、能舞台に映りこんで、幽玄へと誘い込む。
一年に一回、厳島で行なわれる観月能が始まった。
もはや目の前で演じられているものが、夢だとしか思えない。
両目をしかと開けて見ているのに、頭に霞がかかる。
演目は「葵上」。
幻想は、後半になるに連れて増し、人間国宝友枝昭世の舞を、現世から解き放つ。
嫉妬、ねたみ。羨望、執念。
人間の情念が渦巻いて、般若となった御息所の悲しみが浮かび上がる。
世の無常と恋の残酷を背負った般若を、打ち寄せる波と夜空にかかる満月が、優しく見守っていた。