右も左もナポリタンである

食べ歩き ,

右も左もナポリタンである。
全員が一人の客で、ナポリタンとの会話を、静かに楽しんでいる。
「ナポリ一つ」。「ナポリ一つ」。「ナポリ一つ」。
店内では、同じ注文を通す声が繰り返される。
その姿は、ナポリタン界のチョモランマである。
小さめの皿に、巨峰がそびえ立つ。
この山を踏破するには、頂上から攻めなければならない。
山壁や麓から食べようとすると、スパゲティが数本しか獲れず、しかもバラバラと皿外へこぼれてしまう。
ナポリタンは太麺が正しいという人がいるが、「さぼうる」にいたっては、細麺が正しい。
この巨峰が、太麺だったことを想像して欲しい。
大変なことになる。
さて、いきなりチーズとタバスコをかける手もあるが、ここはこの地形を利用しよう。
まず北壁にチーズをかけ、南壁にタバスコをかける。
北壁を食べ、南壁を食べ、手前の西壁を食べるといったことを繰り返すおいしさは、この登山ならではの楽しみである。
(さぼうるの椅子は東西に位置し、厨房に向かって東に向いているので、この場合左手が北壁となる)。
やがて山は崩壊し始め、平地となる。
その時、ただならぬ達成感が、我々を喜びの高みへと登らせる。
淡々と食べていた人が、平地になった途端、口元に笑みを浮かべるのを、私は見逃さない。
本日は昼過ぎのため、サラリーマンは少ない。
窓際は、エメラルドグリーンのサマーカーディガンに白のカットソー、ジーンズの30歳くらいの色白美人。
向かいの相席には、就活スーツを着た細身の若い女性。
隣席は、薄茶のカーディガンとボーダーを着た30歳の女性。
皆さん、ナポリタンの山に黙々と挑戦し、麺を一本も残さず平らげている。
ウワサでは、600gあるというナポリタンを、何事もなかったような涼しい顔をして、見事に食べ終えた。
そんな光景を見ながら、つくづく、日本て素敵な国だなあと、思った。