サンセバスチャンで不思議な経験をした。
一つ星のレストラン”Amelia”に出かけた時である。
店はグレーを基調としたカジュアルな店で、サンフランシスコにありそうなネネオビストロといいった感じである(といってもわからないか)。
サービスは、おそらくイタリア系スーツを着た50代のLEON系で、うやうやしく話す支配人と、白いシャツにソムリエナプキンをつけた男女のサービスが4人ほどいる。
それは二皿目だった・
じゃがいもで作ったクレープボナシエンヌの上に、モルデッラハムとトリュフが乗せられた料理が出された時である。
「じゃがいもにトリュフ、それにモルデッラです」とサービスは簡単な説明をして去っていった・
不思議なのは、トリュフがまったく香らないからではない。
スペインにもたくさん素晴らしいハムがあるのに、なぜモルデッラなのかということでもない。
脇に小さな小さなガラスのボウルが置かれ、そこに注がれた液体のことである・
この液体の説明がなかった。
飲む前に、先のLEON系の支配人に尋ねた。
「これはなんですか?」
彼は間髪入れず、静かな声ながら少しドヤ顔で答える。
「チキンとマシュルームです」。
チキンとマッシュルームなのにドヤ顔なのが不思議なのではない。
じゃがいもにトリュフ、ハムにチキンとマッシュルーム。当然合うよねと思いながらスープを飲んだ。
あれ? おかしい。
懸命にチキンの味を探そうと思ったが、どこにもない。
懸命にマッシュルームの香りを探そうと思ったが、どこにもない。
でも知っている味である。
二口飲んでわかった。
トマト水である。
なぜこれがチキンとマッシュルームなのか?
あるいは、最新科学調理法でトマト水の味を、チキンとマッシュルームで作り上げたのか?
LEON系は知らずに、でまかせを言ったのか。
でまかせは、ドヤ顔でいえば信じると思ったのか。
客は騙せませんよ。
それにしても普通なら、何も言われずに一口飲んだら、ああトマト水だとわかるだろう(たぶん)。
しかし、チキンとマッシュルームといわれて、当然そうだと思って飲み、一生懸命チキンの味を探していた、自分が恥ずかしい。
人は味覚だけで美味しいは判断していない、という貴重な教えをいただいた店だった。