白い皿の真ん中に長方形をしたムースが乗っている。
淡いピンクのムースは、付け合わせも従えず、楚々と佇んでいた。
一匙すくい、口に滑らせる。
空気を含んだテリーヌは、ふわりと舌の上に着地して、ゆるゆる溶けていく。
最初はさりげない
だが舌と口を5〜6回動かすと、オマールが顔を出す
最初は身が持つ、品のある甘みである。
それが穏やかに、春の陽だまりのように広がっていく。
だが10回ほど口を動かし、8秒くらい経ったとき、その身の陰からコライユ(エビ味噌)のうまみが顔を出し、膨らんでいった。
濃い旨みが、オマールの精髄が、心を掴む。
シェフは、数十年前パリの「ランブロワジー」で食べて、自分の手法でこの一皿を極めようと、始めたのだという。
26年間作り続けた。
ハサミで切り、茹で、手で絞って何度も水を抜き、作っていく。
26年間少しずつやり方を変え、現在に至っている。
「ではもう手慣れたものですね」と、僕がいうと、シェフは目を開いて首を横に振った。
「いや出来上がった瞬間に、次はうまくできるかと不安になり、感覚が残っているうちにすぐに作りたくなる。作り方もまだまだ改良の余地があると思っています」。
そう答えられた。
そこには現状に満足せずに、常に良き道を探す職人の姿、物事に深く通じ完成させる心「了心」が燃えていた
食べ終わった時、我々は思う。
ああ、後もう一口食べたいと。
そんな余韻の残し方が美しい。
広島「トリスケル」にて



