それは旅だ。
ビルバオ郊外、「アスルメンディ」のドアを開けた瞬間から、旅は始まる。
海の豊穣に触れ、大地の実りに抱かれる。
農家で働く人たちの、泥まみれの手と握手し、荒れる海で操業する、漁師の人たちから背を叩かれる。
ハーブが香る野原で歌声を聴き、澄んだ風が吹きわたる森の中で、耳をすます。
バスクの人たちが長年にわたってつちかって来た、料理の暖かさに包まれ、野菜やワインの声で、耳を洗う。
それは「おいしい」と感じることより、大事なのかもしれない。
旅は、僕らの心の機を動かす。
ふと吉田松陰の言葉を思い出した。
「心はもと活きたり、活きたるものには必ず機あり、機なるものは触(しょく)に従ひて発し、感に遇(あ)ひて動く。発動の機は周遊の益なり」。
すなわち、心はもともと生き生きしたもので、必ず動き出すきっかけがある。きっかけは何かに触発されて生まれ、感動することによって動き始める。旅はそのきっかけを与えてくれる。
ここ「アスルメンディ」の料理には、その旅がある。
愛に包まれながら心の機を動かし、生き生かされていることを自覚し、汚れなき自然への感謝を深める、旅がある。