「OTOSAN」

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その女性が勧めてくれたワインは、「OTOSAN」だった。
前日に初めて会ったその女性は、ワインバーをやられていた。
そこで翌日訪ねたのである。
連れが赤ワインにしたいというので、味の好みもなにも言わずにおまかせした。
するとこのボトルを大事そうに抱えて、出て来られた。
「こちらにしましょう」といって、コルクを開ける。
ガーネット色の液体は、優しく、滑らかに舌に滑り込む。
味わいの肩が、丸い。
しかしながらぶどうを噛みしめているような、凝縮感がある。
ワイン自体に、素朴さがありながら、しぶとい生命力がある。
入手がもう叶わない希少なワインを、開けていただいた。
ワインをバーでお任せすると、あまり高くなく、最大公約数より少し上のワインか、ぜひこれを飲んでみてくださいという偉大なワインを示されることが多い。
それも一つのもてなしだろうが、少しワインに寄りすぎている気がする。
その人の人格に合わせた、飲んでもらいたいワイン。
飲んでもらったら、きっと心が豊かになり、安らぐだろうなと思うワイン。
あるいはその人と、同化するであろうワイン。
こんな人が来たら飲んでもらいたいなと思い、セラーに寝かせておいたワイン。
「OTOSAN」のひとしずく、ひとしずくには、そんな人情がにじんでいたように思う。
ロブマイヤーのグラスは、思いを受け止めて、味わいにエレガンスを与えながら、じっとりと膨らましていた。
ありがたい思いが重なって、鹿児島の夜はゆっくりと過ぎていく。
心を横たわらせ、穏やかな眠りにつけるのだった。
鹿児島「ワインバーしろ」にて。