これ、高山で

食べ歩き ,

「これ、高山で一番小さい蔵の酒、二年寝かしてうまいよお」。高山「つるつる亭」のご主人が、「天恩」の熟成酒をもってきた。
わさびをおろし、塩を少し盛ると、「つまみがないじゃけん。わさびをつまんで塩にちょっとつけて飲むんじゃ。塩つけすぎたらいかんよ」。
塩で甘みが引き立ったわさびが舌の先に触れ、香りが鼻に抜け、喉へと向かう瞬間、辛味が口腔中を殴る蹴る。
「ちきしょうめ」。鼻にツンと来て涙が滲むそこへ、酒を流し込む。
「うまいなあ」というと、親父が嬉しそうに笑った.
「大根おろしそば」が運ばれた。丸く切ったそばに塩をふりかけると
「ここ塩かけたで、なんもつけんと、このまま食べてな」。
甘い。そばが甘い。
「後はこのおろしとつゆからめて食べて、わさび足りんと思ったら入れる。つゆ足りんと思ったら入れる。でも薄目で食べた方がそばの味わかるからな」。
そばはねちっと歯の間でコシを弾ませ、質朴な甘みを滲ませる。
「ああこれ、言わんといけん。大根じゃなくて蕪のおろし。大根だとわさびの辛味と相まって、どんどん辛くなるけどかぶはならんからな」。
そして釜揚げうどん。これもまた一工夫がある。茹で湯に笹の葉を入れて、風味が増している。
「これ八重桜の塩漬け。入れると風味がますんだ」と、葱と生姜の入ったつゆの小鉢に入れた。
「うどんは一本ずつ食べてな」。「どうや固さは?」。
ちょうどいいというとまた、子供の笑顔になった。
うどんは滑らかで、ほどよいコシがあって、つるんつるると口元に登ってくる。途中で山芋のすりおろしを持ってきて、つゆに入れる。
「混ぜないでな。うどんをいれるといもがとほどけていくから」。
客は僕一人。付きっきりで説明してくれる。
山芋の質素な甘さをからめたうどんは、「いやん」と腰を振っているようであった。
笹の茹で湯をのんでいると、今度はそば粥を持ってきた。
「まず一杯目は桜の塩漬け」と、手渡される。「二杯目はつゆいれて。どや?味かわるでしょ」と、またもや子供の笑顔。
マンtoマン指導で一時間、貴重な体験である。
だから「つるつる亭」は開店間際、11時に店に入るのが正しいのだ。