「シイタケの母」と呼ばれる人物が、高知にいる。
「宗安寺きのこセンター」の大坪久仁子さん(75)である。
農業をやられていた大坪さんが、なぜ未知のキノコ栽培を始めたのか? 聞いてみた。
「目新しいものが好きなんです。雑誌に菌床からキノコができることが書いちょったき、これなら自分でもできそうやねと。元々畑で草むしったりするのは好きじゃなかったしね」と、淡々と言われた。
シイタケの菌床栽培を始めたのは、1982年。
だが当時の高知県では、栽培技術が確立されていなかったという。まったくノウハウがない。
そのため県外視察などを頻繁に行い、独自の理論で栽培技術を学んだ。しかし道のりは簡単ではなかった。
「何回も教えを請いに、全国に出かけたがよ。教えてくれる人もおるけど、教えてくれん人もおる。中にはわざと違うこと教えて、騙す人もおった」。
かなり苦労されたのではないか。だが彼女は明るく言う。
「誰よりも一番最初に、物事を始めるというのは、楽しいことやき」。
ようやく習得した大坪さんが軌道に乗り始めたのは、数年後に近くに高速道路が通ってからである。
高知市内まで早く運べるようになり、高知市の日曜市に出したところ、その味の良さに評判を呼んだ。
そのシイタケを食べてみた。
焼いた肉厚の椎茸にかじりつく。
シイタケのエキスが、一気に滴り落ちる。
いや流れ込むと言ったほうがいいかもしれない。それほどみずみずしい。
森の香りが爆発する。鼻に抜け、体の隅々へ染み渡る。
なにかこう、菌の精に取り憑かれて、体が浄化していく気分となる。
長い間椎茸を食べてきたが、こんな神々しい気分になったのは初めてかもしれない。
「朝5時から作業して、9時には出荷する。大抵は昨日とって、次の日に出荷する。
1日越したシイタケは、糖度が落ちる。水分も抜ける。目方も減る」。
さらに秘密はそれだけではなかった。
「出荷前に30分日光に当てるがよ。日光浴するとビタミンDが増えるき」。
さすがシイタケの母である。
味と栄養のベストを研究し、最善を尽くされている。
さらにこの土地がいい。
「ここは工場もないし、水も空気もえい。キノコづくりには最適」。
今では、シイタケだけでなく、なめこやキクラゲも作っている。
次々と調理したキノコを出してくれた。
だが、その中に、聞いたこともない見たこともない、謎の物体があった。
食べれば驚くほど、味が濃密でおいしい。
その話、「キノコの卵」の話は次号にて。