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不思議な皿だった「味噌とフォアグラ」と題された料理は、ガラスのボウルに入れられた、コンソメ色の透明な汁の中に、フォアグラが沈んでいる。

フォアグラをスープと共にそっとすくう。するとどうだろう。フォアグラの最大の魅力である脂の香りは広がるものの、あのしつこさがない。清らかで澄んだ、ナチュラルなフォアグラがそこにいた。

不思議なのはこれだけではない。白味噌は隠し味程度に入っていて、突出していないが、その優しく丸い甘みが明らかに、いかり肩のフォアグラをなで肩にしている。

さらにスープの出汁に鰹節が使われているというが、鰹節のうま味は感じられるものの、香りがしない。

フォアグラとの相性を考えて、鰹節のうま味だけを抽出しているのだという。そこにマッシュルームのうま味などを巧みに組み合わせて、スープは深く、穏やかに体に染み入っていく。

鰹節と白味噌を使いながら、その良さを別の観点から捉え、フォアグラを持ち上げる。日本人では思いもつかない料理を作ったのは、「サンパウ」のシェフ、カルメ・ルスカイエーダさんである。

あるいは、「甘鯛のサルサ・ジュルヴェールとジュリベルターダ」という料理を食べた時、おいしさと同時になぜか懐かしさを感じたのである。それは他の料理でも、感じた。

前者のソースは、イタリアンパセリ  ミント、マジョラム、セージ にんにく、 茹で卵 オリーブオイル、 焼きクルミ、ヘーゼルナッツ 焼いたパン、 蜂蜜、 シェリー酢を合わせて潰し、もう一つは、ニンニク、パセリ、オリーブ油、野菜の出汁によるソースである。

なぜこの皿が、最新のモダンスパニッシュをいただいて、なぜスペイン人でもない僕が、懐かしさを感じるのか?

どうしてもご本人にその答えを聞きたくなった。

そして幸運にも今回その機会を得て、カルメ・ルスカイエーダさんにオアシスることが出来た。

数少ないミシュランの三つ星女性シェフの一人、カルメシェフは、颯爽と厨房から現れた。足取りが軽く、微笑んで、目が子供のように輝いている。

本店は、カタルーニャ地方、バルセロナの北方60キロの海岸にある、農漁村サン・ポル・ デ・マルにあった。海と山の幸に恵まれた、風光明媚な土地である。

1988年に開店し、1991年ミシュランの一つ星を獲得し、2006年にはスペインで5軒目となる三ッ星を獲得した。

しかも彼女は、惣菜屋の店主ではあったが、どこかで料理修行をしたことのない、一介の主婦である。そんな彼女が、いかにして三ツ星を獲得したのか?

 

 

実家のご両親は、総菜屋と農業をやっていらした。お母さんは料理上手で、お祭りになると、山や海の幸を盛り込んだ米料理や、飼っていたウサギ、鶏、豚を焼いた料理を作ってくれたという。

中でも好物は、「エスクデージャ」というカタルーニャ料理だった。これは、一つの鍋に、鶏と豚、牛肉の出汁を合わせ、ジャガイモや豆、キャベツや季節の野菜にパスタを入れて煮込んだ料理で、毎日のように作ってくれたという。

こうして豊かな食材に育まれ17歳になった彼女は、長女だということもあり、自然と総菜屋を手伝うようになる。

彼女は、小さい頃から絵を描くことが大好きで、将来はアーティストになりたかったという。ご両親は、アーティストになりたかった娘が、気持ちよく働けるよう、モダンな店に改装してくれた。

まず覚えたのは、豚を解体して調理することだった。そして徐々に自分のアイデアを入れ、新しい惣菜を試作する。

最初に売り出したのは、アーティスティックなアイデアを取り入れた、伝統的ソーセージ「ブティファラ」である。

ブティファラは血入りのネグラと白いブランカがあるが、それを交互にして合わせ、チーズのかけらやピスタチオを入れた。

黑いソーセージに散りばめられた、白や緑や薄黄色。どうです。想像するだけで楽しそうなソーセージではないですか。

この美しいソーセージは、すぐに評判となり、「おいしかったよ」というお客さんの反応で、料理への熱を高めていく。

次に評判を呼んだのが、鶏の中にトリュフと豚肉を詰めた料理だった。輪切りにカットするとその色合いが美しく、人気が広がって、バルセロナからもお客さんが来るようになったという。

絵を描くように、最初に出来上がりの色彩を思い浮かべ、それから食材や料理法を考え出す。彼女独自のやり方は、現在にまで繋がって、新しい料理はすべてそうした発想法で生まれているのだという。

その発想の元がうかがえるものがある。東京でもスペインのサンパウでも、アミューズやチーズプレート、ミニャルディーズの前に渡される、小さなカードである。

そこには、カルメさんが描いた料理の絵と説明が印刷されている。

「お客様にも文字だけではなく、絵でも料理を感じとってほしいと思って、描いています」。このカードは、そんな彼女のメッセージなのである。

色彩は、同じカタルーニャ人のミロやダリのように鮮やかで、タッチには、子どものような奔放があり、誰が見ても微笑んでしまう。それは彼女の料理同様、精神の自由に富んでいる。

だからこそ彼女の料理は、ただ美しく、華やかで、斬新なのだけではない。色彩やそれらが放つ光に主張があって、それが知らず知らずのうちに、胸を打つ。恐らく、食材が放つ光やエネルギーを感じ取って構築しているのだろう。

またその料理に、三ツ星を維持するための攻めや過度の主張が、いい意味で感じられないのもその理由だろう。総菜屋時代の、料理を作ってお客さんに驚き喜んでもらおうという志が、洗練されながらも、伸び伸びと深化しているのだろう。

 

 

こうして才に輝いていた彼女が、惣菜店主だけで終わることはなかった。結婚後、たまたま店の前のホテルが売りに出て、それならとレストランを始めることとなった。

すべてが初めて。レストランに改築することも、スタッフを雇い、教育することも、共に目的を挙有することも。そのスタッフも、現在30人だが、当時は9人。目の前が海だから、惣菜店では作っていなかった魚介料理も出さなくてはいけない。

相当な苦労があっただろう。でも「何をすればまったくわからなかったけど、レストランをやりたいという強い気持ちがあったので、乗り越えられた」と、彼女は笑う。そして

「その季節のその土地の最高の食材を使って作る。それだけは創業以来変わっていません」と、言葉を強めた。

惣菜店の常連が最初はお客さんとなり、3年後にミシュランの星をとってからは、遠くからもお客さんが来てくれるようになった。

先の料理の懐かしさを感じたナゾをたずねてみた。すると、 「懐かしい? それはカタルーニャ料理からオリーブ油やワイン、パンをとったら、日本料理と近いからです」。

それは同時に、カタルーニャ地方の文化特性も似通っているのだろう、スペインで最も料理の多様性があるカタルーニャ料理は、歴史的にギリシャやアラブの文化吸収してきた地方だからである。そこが日本の受容性文化の特質とも重なってくる。

彼女は現在62才で、お孫さんもいらっしゃる。実に情熱的な方で、次々に考案中の新しい料理の話が出てくる。

「新しい料理として、鶏のローストと海老のソテーを合わせて、鶏と海老の出汁をミックスした料理を考えたの。おいしいですよ。そこにね。日本で見つけた鶏のトサカ形の海藻そえたんです」。

常に料理を作る喜びに溢れ、初心に輝き、常に明日を見ている人なのである。

明日を見続けるアーティスト、カルメ・ルスカイエーダさん、彼女の料理から増々目が離せそうにない。