タコ焼きおふくろさん

食べ歩き ,

「こんにちわ」。
「わ」のとこ、イントネーション高くして伸ばしたけど、関西やないとばれてるだろうなあ。
神戸長田駅からとぼとぼ歩くこと20分。ようやく着いた。
ずいぶん辺鄙なとこにあるもんだ。
「いらっしゃい」。とにこやかに出迎えてくれたおばちゃんは、一人でたこ焼き焼いている。
鍵の字型のカウンター奥では、初老の男性が丼抱えていた。
やがて男性が一人入ってくる。
「こんにちわ]。
「あら、いらっしゃい」。
「いっぱいやな」。(て、二人しかおらへんよ)
「ちょっと待っといてくれたら、出来るで」。
「ほな、また後で来るわ」。
と、出て行った。
おばちゃん、たこ焼き台から顔を上げて、
「なんで、みな待たらへんかな」。
「たこ焼きいうたら、いつでも焼きあがっとると思うとる」。
「ごちそうさん」。
奥の男性が腰を上げた。
「あら、お茶あげてへんかった。一杯飲んでって。ほったらかしにしてごめんな」。
やがて奥の間から、70歳位の男性がのっそりと現れた。
「ゆっくりさせてもろたわ」
「みなええ声だといっとたで。私らも歌いにいこて、カラオケに行ったわ」。
「ありゃ、テープがいいんじゃ」。
奥の住居で、カラオケをしていたらしい。僕を一瞥し
「最近は紳士も来るようになったやんなぁ」。
ほめとんのか、冷やかしてんのか。反応できず。

「たこ焼き、うちのやり方でいい」?
「はい」。

おおっ。
この地にしかないたこ焼きである。
焼いてソースを塗ったたこ焼きを丼に入れ、だしを張る。
たこ焼きは、ソースでつやつやと輝きながら、修学旅行時の温泉のように、押し合いへしあい。
肩寄せ合いながら、仲良くダシに浸かってる。
だしを一口。
うまいじゃありませんか。
だしという品格を、「まあいいじゃないの、昼から一杯」と、ソースがもみほぐしてる。
和服を凛と着こなしたご婦人が、ランバダ踊ってる。
実に痛快笑っちゃう。
タコ焼きも玉子の甘味が全面にでていて優しい味わい。
甘くないなめらかプリン、下町の茶碗蒸し。
最後はふやけてぐちゃぐちゃなれど、そこがまたいいのよねえ。
「ぐふふ。もっとぐちゃぐちゃにしてやる」と、箸でかき回し、「ずずっ」っと音立て、最後の一滴まで飲み干した。
「おいしかったです。ごちそうさん」。
「三百円でいいよ」とお金を受け取ったおばちゃん。
僕の顔じっと見るので、もいちど
「ああ、おいしかった」と笑うと、
「あんた、うちのお父ちゃんタイプや」
「いや、奥で寝とる宿六とちゃうで。うちのほんまのとおちゃんや。立派な人で、子煩悩で、優しい人やった…」。
唐突な申し出に、こそばゆく、対処出来ない未熟人間のわたし。
「恐れ入ります」。
と見当違いの言葉残して店を出た。
いまにして思えば、お父ちゃんのこと、どんな方だったかいろんな話聞いてみればよかったなあ。
「あともう五年も出来るかわからん。終わったらもうしんどうて」。
といっていたおばちゃん。
たこ焼き「おふくろさん」のおばちゃん。
きばってや。こんなに人を喜ばすんやから。