鍋奉行

寄稿記事 ,

冬が近づくと、「俺は鍋奉行だ」と、仕切る人が増えてくる。奉行は、粛々と段取りを決め、他の人に一切触らせない。

アク代官(アクばかり取りたがる人)を制し、待ち娘(ただ待って食べる女性)を喜ばし、雑炊まで完璧な仕切りをする。鍋奉行はモテる。尊敬される。自分が鍋をあまり食べた気がしないという一点をのぞけば、鍋奉行はいいことづくめである。

それではその憧れの存在になるための、技を伝授しよう。まず始めに人選である。人選で、仕事の八割が決まるといっても過言ではない。

①気心が知れた人を選ぶ。②食いしん坊を選ぶ。③せっかちな人、怒りやすい人は選ばない。④説教好き、うんちく好き、小食、横柄、ひがみっぽい人は選ばない。

こうして人選を終えたら、次に実践編である。実践においては以下の十ヶ条を心がける。

①「位置取り」。ガス調整つまみが届く距離で、鍋に自分の影が映って暗くならない位置を選べ。

②「皿の位置」。具が入った皿は鍋の横、取りやすいよう、右利きなら右横に配置。

③「さばき姿」。常に鍋の中が観察しやすいよう、座敷なら中腰、椅子席なら立つ。ケッコウ重労働ゆえ、普段から足腰を鍛えておく。

④「煮立たせ厳禁」。沸きたつ寸前を、終始キープする。煮立たせると、具材のエキスが流失しやすくなる。

⑤「一具一人主義」。鍋に三つ以上の異なる具を入れない。人数分を超える個数を入れない。鍋にカスを残さず、いつもきれいな状態に保つことを目指そう。

⑥「脚本化」。具の投入シナリオを組み立てる。野菜を肉や魚介に挟んで、味の変化をつける。

⑦「最適な加熱時間」をはかる。経験が必要だが、具の気持ちになって考えよう。

⑧「静かに待つ」。むやみに箸でいじらない。

名人は、火が通った瞬間のみに箸を入れる。

⑨「取り分け」。きれいに。野菜類は、鍋の縁を使って水分を切る、小鉢に取り分ける時も、ゆっくりと静かに。美しい所作を目指す。

⑩黒子であることを意識し、日々鍋を研究し、自らも鍋を作り、精通しておく。

どうです。この十ヶ条を守れば、あなたも明日から名奉行になれる。鍋料理の素晴らしさを引き出し、鍋を囲む人たちの幸せを生み出す、名プロデューサーとなるのです。

実はまだ終わりではない。この後には、米、塩、薬味への配慮が必要な雑炊が待っている。一流「雑炊奉行」への道も、険しく、厳しく、深い。その話はまた次の機会に。