鄙にも稀なという言葉がある

食べ歩き ,

鄙にも稀なという言葉がある。
なにか都会人が田舎を上から目線で見ているような、嫌な感覚もあるが、まさにこの鮨屋ほどその言葉を体現している店はない。
最後の写真を見てもらいたい。
駅に降り立った人々は、本当にこんなところに鮨屋があるのだろうか?
例えあったとしても、おいしいのだろうか? と思う山の中である。
飲食店自体も数軒しかない。
天狗の里らしいが、地元の人以外、歩いていない。
ちなみに現在の人口は、605人である。
しかしここに「菊寿し」という名店がある。
訪れるのは10年ぶりだった。
しかし温和なご主人は覚えておられて、「ご無沙汰しております」と、挨拶された。「すいません今の時期は甘エビの味噌は、ご用意できません」と、以前気に入った肴を覚えてらっしゃる。
スミイカゲソの団子と早松茸の椀でスタートし、艶かしい甘みを持つ真ソイと甘く爽やかな香り放つ生トリガイ、剣先イカ、「絶滅危惧種となりました」と、冗談で出されたシャコの造りで、吉の川大吟醸をやる。
ミル貝のヒモ焼き、シャコ爪、揚げたサヨリの皮、「いいチュウボウが入りましたので、スジをネギと焼きました」で、酒を進める。
「こんな時期に出回るようになりました」とだしてくれたのが、シンコの造りである。いたいけな食感しなやかな皮の具合に目を細め、あわててぬる燗を頼む。
続いて白貝の刺身と肝の醤油焼き。同じ巻貝のサザエとくらべると、肝の苦味が上品で、味覚をそっと刺激してくる。
ここらで握り。ふんわりと握られた人肌の酢飯がうまい。
本アラ、サヨリの軽い昆布〆、カツオ、平貝、北海シマエビ、アジ、赤身、コハダ、赤イカ、赤貝、ウニ、干瓢巻といただいた。
中でもマグロの赤身がいい。チュウボウらしい、酸味と鉄分が軽やかに渦巻いて、酢飯とピタリと合う。
あまりのうまさに、食べた瞬間、ノドがピクリと鳴った。
お勘定は、酒を四合いって、9800円。
電車は疎らだが、長野から20分、軽井沢から50分にある、素晴らしき鄙にある名店である。