運動会の味だった。

食べ歩き ,

運動会の味だった。
「頑張ったね」。そう言って母が弁当を開けてくれる。微笑む祖母と父がいる。お重にはおにぎりと玉子焼きと、鳥の唐揚げ。
おかずには触れず、真っ先におにぎりに手を伸ばし、頬張った。
あの気分が、この寿司にはあった。なぜだろう。


都内某所で、江戸時代の握り寿司を再現した。
今の握りの4倍ほど大きく、酢が多く、タネは皆しっかりと仕事がしてある。

米は亀の尾、砂糖は三谷製糖の和三盆、味醂は窪田酒造の古式本味醂、塩は入浜式の塩、醤油はキッコーマン御用蔵、酢は、ミツカン三ッ判山吹。
江戸時代、酒造り問屋だったミツカンの初代が酒粕で酢を作ろうと思い立ち、販路を大都市江戸に狙いをつけた。
どうやら江戸では、「握り寿司」というものが流行っているらしい。
そこで彼はマーケティングに出かけるのである。


握り寿司を編み出したという、華屋與兵衛の元へ出向き、寿司に合う酢はなにがいいかを聞き出す。そしてうま味のある赤酢を生み出し、與兵衛にも使ってもらうのである。
なにしろ元祖が使う酢である。他の寿司屋も次々とその酢を使い、商いを反映させていく。それが三ッ判山吹である。
現在東京の多くの寿司屋が赤酢を使うが、元祖はこの酢であった。
さてその酢を使い、昔の配分と仕事で握った寿司はどうであったか。


大車海老と海苔飯、丸漬けのコハダ、鯛の昆布締めの3カンと、酢飯を現代サイズにした、キハダマグロの漬けと煮穴子である。
江戸の屋台に敬意を表して、立って食べた。
口をあんぐりと開けて、頬張る。
一口二口、三口でようやく食べ終えるその寿司は、どこかほのぼのとして懐かしい。食べた後に笑みが浮かぶ寿司である。


現代の粋な、口の中に切り込んで、すうっと消えていく寿司ではない。
存在感があって、「どうだ、どうだい」とたずねてくる寿司である。
甘酸っぱくしょっぱい酢飯が、口の中で「おいしいよねえ」とくつろいでいる。
その時なぜか、ふと運動会の食事風景が浮かんだ。


米を口いっぱい「頬張る」という、感覚もあるのかもしれないが、無骨ながら、握った人の温かみが伝わる寿司だったからであろう。
魚も一噛みででは千切れない。歯に力を入れ、踏ん張って食べる。
それがまた、食べる喜びへと繋がっていく。
よくよく咀嚼することによって、魚と米が合一し、大地と海への感謝が湧く。


食べていて、室内は似合わないと思った。
江戸時代のように、外で食べてこそうまい寿司なのだ。
季節の風を頬に受けながら、職人の心意気を味わう。
それでこそ生きる、寿司なのである。