肉は、切られたことを、まだ知らない。
合羽橋「釜浅商店」のオリジナルステーキナイフで、切られた肉である。
そのナイフは最高の鋼を使い、74歳になられるカリスマ職人ヒロ増井氏によって鍛えられ、磨かれ、研がれ、仕上げられた。
どのナイフより切れ味よく、かつ皿を傷つけない。
この矛盾した切れ味を実現させたナイフは、吸い込まれるように、肉に入っていく。
前後に動かして、切る、という行為を許さない。
音もなく肉に侵入し、断ち切るのである。
驚いたのは、その切れ味だけではない。
味と食感が違うのである。
試しに普通のナイフで切った肉と、このナイフで切った肉を食べ比べてみた。
普通のギザギザがついたナイフで切った肉を噛むと、一瞬グッと力を入れてから歯が肉に包まれる。
しかしこのナイフで切った肉は、その最初の力を入れる感覚がない。
どこまでもしなやかで、気がつけば歯は肉に抱かれている。
生の気配があって、どきりとさせられる。
噛んではいけないものを噛んだような、禁断の食感が、歯を、噛むという行為を扇情する。
つまり、焼いた肉をエロくさせるナイフなのである。
肉は、切られたことを、まだ知らない
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