その小さな、焼売大の天ぷらを割ると、オレンジ色が顔を出した。
生まれて初めて出会う、“生くちこ”の天ぷらである。
それは、生とも干しとも明らかに違った。
生くちこの、生々しいが淡い生命感とも、干しくちこの凝縮した旨味とも異なる。
熱々が舌に乗ると、ホヤのような妖しい香りが漂う。
そして崩れれば、最初は静かに、後は饒舌に旨味が溢れていく。
その時間は、永遠のようであり、一瞬のようでもあり、心を一気に掴んだかと思うと、するりと手の内から抜けて、幻となる。
危ない。
この上もなく危ない
官能を直接撫でる味である。
一口食べるとめまいがし、陶酔して、しばし酒を飲むのを忘れるほど、エレガントである。
75歳になる孤高の天ぷら職人は、今まで9人にこの天ぷらを揚げたという。
貴重な10人に名を連ねる栄誉に感謝しながら、僕はただただ、優美な沼に埋まっていくのだった。
“生くちこ”の天ぷらである。
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