料理と音楽は、似ているのだろうか(その1)

日記 ,

料理と音楽は、似ているのだろうか(その1)
料理にはレシピが、音楽にはスコアがあって、何度も再現可能だが、作り演じる人によって、完成形が異なってしまう。
例え同じ人が作り、演じたにせよ、食材の質や楽器が異なったり、提供場所が違うだけで、また異なってくる。
それはともに、空間芸術であり、色彩芸術であることだからだろう。
また、互いに、創造性やイマジネーションが必要である。
心地よい音楽もおいしい料理も、全体と個の絶妙なバランスで成り立ち、調和や共鳴に重きをおく。
熱中する作業と、出来上がりの開放感も似ている。
そしてなにより、味や音楽が目に見えないことが、いい。
何時間もかけて準備しても、一瞬にして消えていく儚さが、美しい。
人間が何年も鍛錬して技を磨き、人間として備えているあらゆる感覚を総動員し、それぞれ感覚の微妙なバランスで創られて、芸術の域まで達成した作品も数分間で消えてしまう。
どちらも、受け取る人間の「快感」が重要で、一瞬の快感のために労力を費やす。
作り手だけではない。
受け取る側も、感性や経験値によって感想が異なり、それが「主観の違い」という曖昧な言葉で、判断されることも似ている。
なんでも、料理人がメニューを考えるのと、音楽家が曲順を考えるのは、同じ脳の使い方をするそうである。
次回の相似性では、まずいと心地悪さ、コンビニと配信の関係にも触れてみたい。