椀の蓋を少しずらして、香りを嗅いだ。
その刹那、森の闇に包まれた、
窺い知れぬ、圧倒的な香りが、鼻の襞を揺らす。
蓋を開け、汁をすすった。
すごい。
土、樹木、苔、湿った空気、茸、雨、枯葉、風、新緑。
様々な香りが、混沌と溶け合いながら、肌をさすり、鼻腔をくすぐる。
そして底知れぬうま味が、潜んでいる。
飲めば飲むほどに、不思議がつのる。
これが菌の未知なる力なのか。
古いボルドーを飲んだように、次から次へと違う香りが涌き出でる。
そしてその香りやうま味は、胸のあたりにいつまでもいつまでも留まっている。
おそらく、昨日とったこうたけを一日干しただけの、新鮮な干物ゆえの香りなのだろう。
里山十帖「香茸のお椀」