幻の焼きそば屋2

「いやあ、この間面白い店みつけてさあ。焼きそばの専門店なんだけど、その焼きそばってえのが、母さんの作った焼きそばそっくりなのよ。ぜひお前らにも我が家伝統の焼きそばを食ってもらいたい」。

大学時代の同級生と飲む機会があって、焼きそば屋の話を、しつこく売り込んだ。

彼らは、アメリカンフットボール部の仲間だ。

四年間合宿を重ねて、親兄弟よりも寝食をともにした、気心知れた友人だ。

「長い付き合いだけど、お前んちの特製焼きそばがあるとは知らなかったな。どんなやつなんだ。うん? 教えない? 行って確かめろ? よしわかった」と、真っ先に口火を切ったのが、渋谷である。

「俺、仕事で新橋によく行くから、今度行ってみるわ。どの辺なの」。と、具体策を出したのは西村だった。

「ソース焼きそばの店ってのは知ってるけど、違うんだろ。どうかなあ」。と、あまり乗り気でないのが、山沢である。

その一週間後、西村から電話がかかってきた。電話口の声は、明らかに興奮している。

「あれがおまえんちの焼きそばか? いやあ偶然てあるもんだなあ。ほら俺、蘇州に飛ばされていただろう。五年間。あん時によく食った焼きそばとそっくりなんだよ」。

その話は散々聞かされたので、知っている。彼は入社して二年目、部長に呼び出され、

「これからは、金持ちが増える。本物を求める時代が必ず来る。車も家も、食べ物も洋服も。だからシルクの需要がふえるのだ。シルクといえば蘇州。来週から蘇州支店で、シルクの買い付けをやれ」。

なぜ、本物の時代にシルクなのか。なぜ蘇州なのか。まったく理解できなかったが、翌週は蘇州に向かっていた。

「二年間。石にかじりついて頑張れ」。と命じられた転勤が、五年に及ぶとは知らずに。

支店といっても、現地採用の社員二人と西村だけの、名ばかり支店。しかし蘇州の環境は、東のベニスと呼ばれる水郷地帯が醸し出す美しさは、西村の孤独を癒した。

同時に癒されたものがあった。それが住んでいた家の近くにあった店の焼きそばだった。

早朝からやっていて、湯気が道路に溢れている。店は太ったおばさんが一人、汗を滴らせながら焼きそばを作っていた。

蘇州といえば、細麺と澄んだスープに具を載せた蘇州麺が名物で、店も多くあったが、焼きそば屋は珍しく、そのせいで朝から流行っていた。

味わいがなんとも穏やかで、すさんだ心が包み込まれ、温まっていくようだった

「好吃」。というと、おばさんは、嬉しそうに笑う。

その焼きそばと新橋で再会したのである。

以下次号

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