小倉「天寿し」の天野流

食べ歩き ,

小倉「天寿し」の天野流
マグロ節でとった出汁で漬けたという中トロのづけは、口に入れると、舌と同化するように崩れていく。
その瞬間に、どこからか燻製香が漂い、脂の甘さを包み込む。
中トロの脂と酸味に、出汁のうま味と燻したような香りが絡み合い、色香が滲み出て、どきりとさせる。
そうして心を弄びながら、ゆっくりと消えていく。
昆布〆したキスを炙った握りは、柚子胡椒がかまされる。
キスに柚子胡椒は強すぎるかと思った瞬間、柚子の香りで淡い甘みが際立つ。
藍島の赤ウニは、甘みが濃い。
しかし濃さの影に、命の脆さを感じるはかなさがあって、それがどうにも切なく、愛おしくなる。
間違いなくそれは色気で、溌剌たる有明海苔の香りに揉まれながら、官能を誘惑する。
あるいはアラを、柚子胡椒ともみじおろしを乗せて握る。
柚子胡椒は、アラのたくましさを煽ると思いきや、身に潜む品を際立て、一方もみじおろしは、その酸味のせいなのだろうか、アラの動物的凛々しさを膨らます。
梅干しのピュレがほんの少し乗せられた甘鯛は、その上品な甘さを酸味で引き立てる。
煮切り引かない、すだちを搾る、塩をふるということだけではない、巧みに計算された、小倉「天寿し」の天野流19貫。
楽しくも嬉しくもあり、明日をのぞきみたいすしがここにある。