人はなぜ隠れ家に憧れるのか。

食べ歩き ,

人はなぜ隠れ家に憧れるのか。それは、レストランに行く目的の一つである、「非日常を味わう」という点において、これほどふさわしい状況はないからである。

例えばあなたが、ある隠れ家に連れて行かれたとしよう。「こんな場所に、店はあるの? どこに拉致されるの?」という不安がつのる中、突然店が現れるのである。

人間誰しも不意打ちに弱い。しかも不安の後の不意打ちである。たいていの人間は、クラッと心が揺れる。さらには、隠れ家という秘密を共有した連帯感、住居不法侵入をした共犯意識も芽生え、互いの距離が密にもなる利点も生まれるのである。

そんな隠れ家を研究して十数年。

現在、以下の様なタイプに分類、定義されることが分かっている

1、「看板表札隠蔽派」、看板表札の類いが一切ない店。例えば、阿佐ヶ谷の酒亭「かわら」。池尻の焼酎バー「寅」。恵比寿の「中村圭太」、白金「モレスク」、六本木「石頭楼」といった店たちである。

2、この派の同流でもある、「店名隠匿派」。表札名が恐ろしく小さいか、判読不能とい店である。例としては、五反野の「五十嵐」。東麻布のイタリアン「カメレオン」が上げられる。

3、「裏路地佇立派」。人通りの少ない、細い裏路地でひっそりと営む店で、現在の隠れ家界では、多数派を占める。初台「ツヴァイ・ヘルツェン」、神田「米菊」、神楽坂「松の実」、立川「無庵」といった店がいい例である。

4、「住宅街佇立派」、飲食店や一般店舗がない住宅街で、ぽつねんと佇む店であり裏路地に次ぐ多数派だ。門前仲町の「たまきぁの」、東中野「メゾンドマドリード」、哲学堂「やっちゃん」、松涛「マ・ヴィ」といった店たちを指す。

5、「郊外孤立派」。最寄り駅より徒歩二十分以上、畑や森、住宅街に佇む。喜多見の「志美津や」、武蔵五日市「オステリアチ」などが上げられる。ちなみに、裏路地、住宅街、郊外の各派閥は、隠れ家の特徴である、「フリの客を期待せず、口コミだけでやっていこうという自信に満ちあふれた料理と酒」が、より強調される傾向にあるようだ。

6、「オートロック派」。ここ数年増殖している派閥で、マンションの入口で室番号を押して呼び出し、エレベーターホールの入口を開けてもらうシステムである。恵比寿「福笑」、六本木「imoarai」、中目黒「A.NEST」といった店が代表で、バーが多いことも特徴の一つである。

最後は、数多くの条件を備えた「完全無欠古今無双派」。門戸を開かず、知る人だけ来てくればいいと考えている店である。門前仲町「シャテール」、西麻布「W」などが上げられよう。

最近は、隠れ家という言葉が安易に使われているが、あえて真の隠れ家には、類いまれ無き非日常と美食が待ち、訪れる人を包む緊張と緩和が、感性と生理を刺激するのである。

 

タベアルキスト。角礼太郎の名で「味の手帖」にて「隠れ家グルメ」を八年間連載。約百軒の隠れ家研究を発表。現在も日々隠れ家開拓中。