上高地帝国ホテル

食べ歩き ,

緑の樹々の間から、赤い屋根が見えてきた。
緑と赤は対象色であるが、なぜか仲睦まじく溶け込んでいる。
樹々たちがそ存在を認めて、懐に招き入れているのだろうか。
自然の只中にありながら、建造物としての違和感がない。
そのとき、心の奥で、温かいものが動いた。
「また戻ってきた。懐かしい」
初めて訪れるホテルなのに、懐かしさがなぜかよぎる。
スロープを下ってホテルに近づいていくにしたがって、その思いは強まった。
頭の中では勝手に、ミッシャ・マイスキーが奏でる、アヴェマリアのメディテーションが鳴っている。
見上げれば穂高の頂が見える。
赤い屋根は、スイスの建物を真似て決めたのだという。
またどの山に登っても目印になるように、赤にしたのだともいう。
その優しさが、風景に溶け込ませているのかもしれない。
「いらっしゃいませ。お待ち申しておりました」。
出迎えてくれた人の笑顔に嘘がない。
言葉に力と柔らかさがある。
もしかすると「戻ってきた」と感じたのは、都会のホテルとは違う、ホテルマン自身の心の解放がホテルを包み込んでいたせいだったのかもしれない。
仕事を超えた、人間の人間としての触れ合いを、無意識に感じたのかもしれない。
上高地帝国ホテルにて。