はじめてヨーロッパの料理に出会ったのは、フレンチでもイタリアンでもなく、ドイツ料理だった。
小学校四年生、昭和四十年の頃、軽井沢の旧軽銀座に面したレストラン、「デリカテッセン」で食べたのである。
現在、旧軽銀座からちょいと引っ込んだ路地にある「デリカテッセン」は、ハム、ソーセージの惣菜屋だが、当時は表通りに面していて、レストランも併設していた。
創業者はヘルマンさんというドイツ人で、創業は昭和二十九年、夏だけの営業であった。
白く塗られた木製ドアを開け、右手の網戸を引くとソーセージ売り場、左手がレストランになっていた。
薄暗くひんやりとした店内は、テーブルが三卓ほど置かれていて、大人たちがひっそりドイツ料理を食べている。
食べた料理の名は、「ザワーブラテン」といった。
牛肉の塊肉が茶色いソースにまみれて、でんと白い皿に鎮座している。
切ろうとすると、さして力を入れることなく、ナイフが肉に入っていく。
慎重に口に運ぶと、舌の上でごろんと肉が横たわって、ほろほろと崩れた。
ソースは深く、深くうまみがあって、ほんのり甘く、ほの酸っぱい。
肉の柔らかな食感とあいまって、十歳の少年を夢見心地にするには十分すぎるほどだった。
添えられた黒いライ麦パンにバターを塗って、頬の内側を刺激する酸味を噛み締めると、笑いがこみ上げてきた。
世の中にはこんなおいしいものがあるのか。
それがはじめて食べたドイツ料理の印象である。