湯布院「ENOWA」

トマト。

食べ歩き ,

「トマトタルタル」と題されたその料理は、皿の片隅で、佇んでいた。
少しすくって口に入れると、多彩な表情で語りかけてくる。
コンフィ、ピクルス、セミドライ、生と合わされ、叩かれ、切られ、一つにされ、多数の酸味や甘み、うまみが、絡み合っている。
深い酸味やとろけるあまみ、軽やかな酸味や弾むような甘みが重なり合う。
目を閉じれば、黒葡萄のようなニュアンスや、蜂蜜やロゼワインの気配もある。
複雑でありながら、丸い。
恣意的なのに、自然がある。
おそらくそれぞれの量や大きさなどを、幾度も試行しているのだろう。
「毎日トマトを食べて、量や切り方をちょうせいしています」。
tashiシェフの優い目は、そういった瞬間鋭くなった。
何気ないような料理に込めた、熱情と精緻は心を動かす。
思えば、この二皿前に出されたトマトのサラダは、この料理への理解を深めるための伏線だったのに違いない。
今まで様々なトマト料理をいただいてきた。
だが、こんなにも色気を宿した、優美な料理には、出会ったことがない。
僕はその不思議に目を閉じ、ゆったりと酔った。
湯布院「ENOWA」「JIMGU」タシシェフのスペシャリテ トマトのタルタル。