「ああ、この人の料理が食べたい」。
出迎えてくれた、彼女の笑顔を見た瞬間に、そう思った。
慈しみ深い料理を作る人の笑顔は似ている。
月島「韓灯」のオンマも、ソウル「オンジウム」の女性シェフも、そして彼女の笑顔も、品徳がある。
彼女、チョヒスク氏は、教授と呼ばれている。
だが、大学教授でも学校の先生でもない。
韓国中のトップシェフ達が、彼女に教えを乞うために訪れるので、いつしかそう呼ばれるようになっていったのだという。
シェフ達が学ぶのは、、韓国の伝統料理とその哲学、つまり先人達の智恵である。
いくら技術やアイデア力があっても、料理の成り立ちを知らなければ、空洞の料理になってしまう。
シェフ達はそのことを熟知して、教授の元へ通う。
そのチョヒスク教授の料理をいただく機会を得た。
店は、プライベートサロンのような作りで、ビルの地階にあり、看板も店名もない。
緊張しながらうす暗い階段を降りていくと、彼女の笑顔に迎えられる。
韓国料理は、辛く、味が濃く、甘みが強く、脂っぽいものというイメージを持っている人が多いと思う。
しかし伝統韓国料理は、それとは対極にある。
チョヒスク教授は、伝統韓国料理の思想をベースに、新たな発想を吹き込み、料理を作る。
新たな発想といっても料理人のエゴやプライドとは、無縁である。
我々日本人も、食べた瞬間に、すうっと味覚や体に馴染む料理を作られる。
それは「黙らせる料理」でもある。
すべての真の料理がそうであるように、食べた瞬間に「うまっ」と、口走る料理ではない。
一口食べて、皆、押し黙る。
ゆっくり、ゆっくり味わいながら、自らの心の動きを観察してしまう。
やがて口から出るとすれば、「はぁ」という、充足のため息だけである。
それは誠の味に触れ、感受した喜びから生まれた「息」なのだろう。
やがてテーブルは、共有する無言の喜びで、ゆるりと温まり、高揚していった。
チョヒスク教授の料理の詳細は別コラムを参照してください