桃源郷の香り

食べ歩き ,

もし桃源郷というものがあるなら、こんな香りに満ちているのではないか。
そんな思いがよぎるお茶に出会った。
香りが甘い。
ただ甘いだけではない。
鼻孔や口腔の粘膜にそっと触れ、いたわるように流れていく。
一口飲むたびに、時が蜂蜜となって溶け、細胞が弛緩し、体中に幸せが満ちていく。
しかし奥底に微かな苦みがあって、それが甘美を気品を持って輝かすのである。多くの苦みと甘みを噛み締めてきた、40代の女性のような、深い妖艶もある。
300年の古木から摘み取られた鉄観音、「本柵正欉鐡觀音」である。
台北にて、中国本土で30店舗の茶店を経営される方から、6種類のお茶を飲ましていただいた。
「いいお茶を選ぶコツは、銘柄やパッケージを信用してはいけない。自分で飲んで、それで気に入るものを買い求めることだ」という。
「いい鉄観音はこんな音がします」といって、茶葉を急須に落とすと、「カンカンカン」という乾いた音が響く。
「そうか鉄の音が響き渡るから、鉄観音というのか」というと
「それは違います。福建省で茶畑を作ったとき、畑の真ん中に大きな石があった。それが観音の形に似ていたためつけられたのです」。
このお茶は、飲んだ後はなぜか涼しくなって、しばらくしてからじっとりと汗ばんできた。そのことを伝えると
「それこそが、正しい茶の気なのです」といって、目を輝かせた。
他のお茶の話はまた。