そば好き。

食べ歩き ,

そばが好きだ。
街を歩いていて、蕎麦屋を見つけると、つい入りそうになる。
「いかん。これから君はレストランに行くのだよ」と、頭の中にいる冷静君に注意される。
駅を降りるたびに、立ち食いそばに吸引されそうになる。
「だめだろ。さっき駅弁食べたばかりじゃないか」と、冷静君に怒られる。
なぜこんなに惹かれるのか。
麺が口に吸い込まれる時の、食感に対する快感指数が、人より高いのか。
唇がプルプル震え、上アゴつまり、性感帯に近いとされる軟口蓋を、急速で撫でながら通過していく刺激に対して、鋭敏なのか。
ならラーメンやうどんはどうだ。冷麺や素麺はどうだ。フォーや米線はどうだと思うのだが、それほどでもない。
なら香りか。
たしかに小麦粉系とそば系では香りが違う。
しかしそれは微量な香りであって、人を強力に誘引させるものほどでもないように思う。
なら醤油ベースのつゆの味か。
それもうどんにはあてはまらないので、違う。
先祖が江戸時代の大工(でえく)で、「おいハチ公、ちょいと下げ縄たぐっていかねえか」と、毎日蕎麦屋に行っていたのか。
あるいは、先祖が原産地とされる雲南省からヒマラヤにかけて住んでいて、そのDNAが引き継がれているのか。
なら音か。
ざるそばをたぐる時の盛大な、「向こう三軒両隣りに聞こえる」ほどの音は、ラーメン系つけそばでは出せないが、今冷静に考えてみると、つけそばもラーメン以上に惹かれている自分がいた。
僕は鼓膜に味覚があるのだ。
いやそれも不確かである。
ああ、わからない。
こうして衝動理由が不明なまま、今日も蕎麦屋に入りそうになっている。