うらやましい。
西洋料理の人間だったら(おそらく中国料理の人も)、みなこのレストランで働く料理人のことを、うらやましく思うだろう。
なにしろ、国内で最上級の牛肉が数種類あり、最上級の豚があり、鳥がある。
いずれもこの店でしか扱ってない肉である。
健やかに育てられた、牛や豚、鳥の新鮮な内臓がある。
国内では入りにくい、豚の皮や血、屠畜仕立ての豚頭が入る。
隣は、日本一の肉屋なのだ。
脱骨し切りたての肉が料理できる。
おそらく、西洋料理の料理人にとって、これほど恵まれたレストランはないだろう。
南草津「セジール」である。
「セジール」は、一昨晩第二章を迎えた。
開店来厨房を守って来た村田シェフが、実家の熊本へ帰り、新しいシェフが就任したのである。
「州と州の州界で食べられている、文化が入り混じった料理が好きなんです」。
イタリア20州を巡って、食べ歩いたという溝口シェフは、そう言って子供のような笑顔になった。
牛のあらゆる内臓を煮込んだ、カラブリア州の「モルツェロ」も、豚の血を練り込んだタリアテッレに、豚と野菜のラグーを合わせた、トレンティーノ=アルト・アディジェ州の「アルサングレ」も、噛むごとに体に力がみなぎってくるようなたくましさを秘めながらも、どこまでも味がきれいで優しい。
それは新保さんが手当てした肉の誠実であるとともに、溝口シェフの郷土料理に対する熱情が抱き合った味なのである。
帰り際に言った。
「馬肉はないけど、鳥のトサカは容易に入るので、フィナンツェーラを今度作ってよ」。
「はい。僕も大好きです。今度いらっしゃる時までフィナンツェーラを研究しておきます。ぜひまたいらっしゃってください」。
溝口真哉シェフ37歳。
ああ、また通わなくてはいけないイタリア料理店ができた。
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