「53歳かな」。齢を聞かれた髭じいがとぼけた。
髭じいは、プロのマタギである。渓流釣りの巧手である。
蕎麦打ち名人でもあれば、木工大工の腕利きでもある。
山と川を熟知し、子育ての達人である。
気を操り、森羅万象の法則を知り、今でいうサバイバル術の名手でもある。
「俺は読み書きできねえんだよ」。髭じいはそういう。
しかし彼の頭の中は、本で知識を得る人々にはない、智慧がみっちり詰まっている。
そばは伸ばすものでなく伸すもの。
子供を叱るときのべからず「かきくけこ」。
涙の理由。
日本人と肉。
河の再生法。
きれいな湧き水の見つけ方。
そばのコシと炭の関係。
世の中のものは、相反する二つでできている。
願掛けのやり方。
料理をいただきながら、多くの智慧もいただいた。
「根菜の煮もの」、「新じゃがと八丁味噌の煮っ転がし」、「にんにく味噌」、「お漬物」、「鹿肉のたたき」、「蕗の薹の天ぷら」、「鹿肉ジャーキー」、「そば」。
根菜は淡い味で新じゃがは濃い味わい。
煮るか焼くしかない山の料理の智慧で、味わいのメリハリがある。
味噌を使わず熟成させたにんにく味噌は、一舐めで「酒っ」と叫ぶ。
深淵のうま味に惚れる。
「こうして食べるのが一番うめえな」というたたきは、噛む喜びを湧きあがらせる。
そして、いつまでも離したくない、永遠に噛んでいたいジャーキー。
砂糖も余分な調味料も使わないそれは、肉の甘みが凝縮して、口の中にアミノ酸が溢れ出すのだ。
うっすらと緑がかったそばは、コシが素晴らしく、野の香りと優しい甘みに、うっとりとなる。
ドロリとして、体を温めた蕎麦湯も良かったよ、髭じい。
また話を聞きに行くからね。
もっともっとあなたの智慧を浴びたいんだ。
「53歳かな」。齢を聞かれた髭じいがとぼけた
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